祖父江典人・細澤仁 編著 (2023) 寄り添うことのむずかしさ 心の援助と「共感」の壁 木立の文庫 に所収 pp.169-186
共感の脳科学的な側面についての解説を行うのが、本章の目的です。近年脳科学の発展は目覚ましく、これまでは体験的に、ないしは臨床的に論じられることの多かった諸概念に新たな光が投げかけられています。そして共感もまたその新たな側面が見いだされるようになってきています。
英語のempathy はドイツ語のEinfühlungの直訳とされます。Einfühlung には “feeling into” someone(~の感情に入る)という意味があります。ただし英語圏にはsympathy, empathic concern, compassionなどの様々な類義語があり、また日本語でも共感、同感、同情、思いやりなどの表現が見受けられます。本章では一般的な用法に沿い、共感を英語のempathy の日本語表現と見なすことにします。そしてその意味としては、「他者の体験を目にした際に人が示す反応 reactions of the individual to the observed experiences of another」(Davis,1994)と捉えたうえで論を進めましょう。
このように共感は、その言葉の定義だけでも錯綜した概念ですが、それを理解する上で、一つ注目すべきことがあります。それは最近は共感を認知的なそれと情動的なそれとに分けて論じるという傾向があるということです。つまり他人の気持ちを感情レベルで理解するか、認知レベルで、すなわち「理屈で」理解するかの違いで分ける試みであり、場合によっては熱い認知hot cognitionと冷たい認知cold cognitionなどとも呼ばれています(Brand, 1985)。
果たして共感がこれら二つに明確に分かれるかどうかは別として、ひとまずこの理論に沿った最近の研究の動向を知り、その臨床的な有効性を論じることには意義があると考えます。特にいわゆる「心の理論」に即した理解は大いに助けになると考えています。そこでDvash & Shamay-Tsoory(2014)の論文を手掛かりにしてそれをまとめてみます。
認知的共感と心の理論
まず認知的な共感については、心の理論(theory of mind, 以下ToM)についての様々な研究がなされています。このToMとはわかりやすく言えば、他者の心を類推して理解する能力です。この用語は、1978年に発表された Premack と Woodruff (1978) による論文「チンパンジーは心の理論を有するか? Does the chimpanzee have a theory of mind?」において最初に用いられました。それ以後、発達心理学において多くの研究が行われています。また近年Peter Fonagy などにより論じられるいわゆる「メンタライゼーション」 (Allen, Fongy, 2009) という表現も同様の意味合いで用いられています。そしてこれが概ね認知的な共感に相当すると考えられます。
このToMはもともとは他人の心を理論的、認知的に推し量るというニュアンスが強いものでした。代表的な課題として挙げられる「サリーとアンの課題」でも、そこに登場するサリーが与えられた特定の状況において、被検者がサリーの思考をどれだけ推し量ることが出来るかが問われていました。しかし興味深いことに、この認知的なプロセスであるToMを、さらに認知的なプロセスと情緒的なプロセスに分けるという試みがなされています。すなわち前者は相手の認知プロセスを認知的に推し量ることであり、後者は相手の情緒プロセスを認知的に推し量ることです。さらに言い換えるならば、認知的ToMとは人がどの様に考えているか、情緒的なToMとは人がどの様に感じているかを推し量ることになります。この様に認知的共感を二つに分けると、共感は以下の①~③の三種類に分類されることになります。
① 情動的共感
認知的共感 = 心の理論 ―― ②認知的ToM
③情動的ToM
認知的共感をつかさどる脳の部位
ところでこの共感やToMの研究は、脳科学的な研究と結びつくことでさらなる発展を見せています。最近の研究では、脳の画像技術が進歩し、被検者に様々な課題を遂行してもらい、それが脳のどの部位でどのように処理されているかに関するデータを収集するという研究が数多くなされるようになりました。具体的には被検者に様々な漫画の画像の視線や表情などを見せることで認知的、情緒的な動きを引き起こし、そこに感情的な表現を加えるかどうかなどの課題を行ってもらい、その間の脳の働きをMRIなどで調べるのです(Shamay-Tsoory, et al. 2005)。
それらの研究結果を本章で詳述することはできませんが、これらの課題遂行時にはたくさんの脳の部位がそれに参加していることが分かっています。Dvash(2014)らは、上記の二つの認知的共感について、次のように脳の局在をまとめています。
🔵 認知的ToM :背側前帯状回 (dACC), 背外側前頭皮質 (dorsal lateral PFC), 背内側前頭前野 (dmPFC), 上側頭溝(superior temporal sulcus), 側頭頭頂接合部 (temporal parietal junction)
🔵情動的ToM:下前頭回(IFG), 眼窩前頭皮質(OFC), 副内側前頭前野 (vmPFC)
以下略
このToMはもともとは他人の心を理論的、認知的に推し量るというニュアンスが強いものでした。代表的な課題として挙げられる「サリーとアンの課題」でも、そこに登場するサリーが与えられた特定の状況において、被検者がサリーの思考をどれだけ推し量ることが出来るかが問われていました。しかし興味深いことに、この認知的なプロセスであるToMを、さらに認知的なプロセスと情緒的なプロセスに分けるという試みがなされています。すなわち前者は相手の認知プロセスを認知的に推し量ることであり、後者は相手の情緒プロセスを認知的に推し量ることです。さらに言い換えるならば、認知的ToMとは人がどの様に考えているか、情緒的なToMとは人がどの様に感じているかを推し量ることになります。この様に認知的共感を二つに分けると、共感は以下の①~③の三種類に分類されることになります。
① 情動的共感
認知的共感 = 心の理論 ―― ②認知的ToM
③情動的ToM
認知的共感をつかさどる脳の部位
ところでこの共感やToMの研究は、脳科学的な研究と結びつくことでさらなる発展を見せています。最近の研究では、脳の画像技術が進歩し、被検者に様々な課題を遂行してもらい、それが脳のどの部位でどのように処理されているかに関するデータを収集するという研究が数多くなされるようになりました。具体的には被検者に様々な漫画の画像の視線や表情などを見せることで認知的、情緒的な動きを引き起こし、そこに感情的な表現を加えるかどうかなどの課題を行ってもらい、その間の脳の働きをMRIなどで調べるのです(Shamay-Tsoory, et al. 2005)。
それらの研究結果を本章で詳述することはできませんが、これらの課題遂行時にはたくさんの脳の部位がそれに参加していることが分かっています。Dvash(2014)らは、上記の二つの認知的共感について、次のように脳の局在をまとめています。
🔵 認知的ToM :背側前帯状回 (dACC), 背外側前頭皮質 (dorsal lateral PFC), 背内側前頭前野 (dmPFC), 上側頭溝(superior temporal sulcus), 側頭頭頂接合部 (temporal parietal junction)
🔵情動的ToM:下前頭回(IFG), 眼窩前頭皮質(OFC), 副内側前頭前野 (vmPFC)
以下略