「精神科治療学」編集委員会 編 37 (4), 415-422, 2022. に掲載された論文。トラウマ記憶とは何か、という事について結構一生懸命書いた論文である。
蘇った記憶、偽りの記憶
問題のありか
この論考の読者は主として臨床に携わる方々であることを想定して、次のような問いを掲げよう。
あるクライエントAさん(30歳代の女性)がこう話す。「昨日夢を見ました。何か幼い頃の光景が出てきたように思いますが、漠然としていてそれ以上は覚えていません。でも目が覚めてから小さい頃の母親とのエピソードが心に浮かんでいました。私は母親に何かの理由で怒られて家を追い出され、裸足のまま『開けてよ!お願い!』とドアをたたき続けたんです。これまで忘れていましたが、あの時の怖さや不安が急に蘇ってきました。」
心理面接で聞く話としてはさほど珍しくないであろう。しかしこれを聞いた治療者はこの「蘇った記憶」をどのように扱うだろうか?おそらく治療者によって実に様々な答えが返ってくるはずだ。「Aさんがそれをはっきりと思い出したというのであれば、実際の出来事だったのだろう。」「一種のトラウマ記憶(心的トラウマを受けた出来事の記憶)であり、フラッシュバックの形でその出来事が再現されたのだ」など、この「記憶」の信憑性を重んじる立場もあるだろう。しかし他方では、「このAさんの記憶はおそらく夢に影響されたものであり、実際にこのような出来事があったという保証はない。」「いわゆる偽りの記憶である可能性があり、治療者の問いかけ方に影響されて創り出されたのかもしれない。」など疑いの念を抱く治療者もいるだろう。この様なごくシンプルな事例を取っても、その扱い方には様々な可能性があるのであり、そのエピソードをどのように受け入れて扱うかは、実際にこの治療に関わった臨床家ごとに異なるというのが現実なのだ。
ところがここには「ケースバイケース」では済まされない問題が潜む。もし母親の虐待的な養育があった場合に、それを偽りの記憶として片づけられたら、それはAさんにとってそれこそトラウマになりかねない。しかし逆に十分な養育を行っていた母親が虐待していたと疑われ、糾弾されてしまう可能性もある。
以上の例は「蘇った記憶、偽りの記憶」をめぐる議論の複雑さを垣間見せてくれる。しかしこのような臨床場面に際して臨床家ごとの恣意的な扱いがあってはならず、常にそこには高度な臨床的判断が必要とされるのだ。本稿での以下の論述も、このAさんのエピソードをどのように考えるべきかについての一つの「正解」を示すことはできないが、その場に置かれた臨床家がより良い判断を下すことが出来るような柔軟性に寄与することを願う。
失われた記憶は蘇るのか?
忘れていたはずの記憶が後になって蘇ることはあるのか、そのプロセスで偽りの記憶はいかに形成されるのかが本論稿のテーマである。心理療法に携わる人にとっては、「抑圧されていた心的内容(記憶、ファンタジー、欲望など)が治療により蘇る」という現象の存在は、ある意味では常識ではないだろうか。少なくとも精神分析ではその様なフロイトの考えは真正面から異議を唱えられることなく継承されてきた。それと比較していわゆる「偽りの記憶」をめぐる論争の歴史はまだ浅く、人々にもその問題の深刻さは十分には理解されていないであろう。「抑圧された記憶が蘇る中で、時々事実と異なる記憶が生まれることもあるであろうが、それはあくまでも例外的なものである」というのが一般の臨床家の感覚ではないであろうか?
ここからは「偽りの記憶」、ではなく「過誤記憶」という言葉を用いて論じたい。英語にすればともに false memory となるが、「偽りの」という言い方には記憶の意図的な捏造というニュアンスが伴うからだ。それに比べて「過誤」記憶には、現実に起きたこととは異なる内容を有するというより客観的な意味が含まれる。
私は米国においてPTSD(心的外傷後ストレス障害)や解離性障害についての関心が高まるさなかの1980年代の半ばより米国で精神科の臨床を行っていたが、その頃米国で生じていた記憶をめぐる論争の過程をよく思い出す。1980年代には多くの女性や子供が、一般的に知られるよりはるかに高い頻度で性的、身体的なトラウマの被害者となっていたことが明らかにされた。その結果としてベトナム戦争等で戦闘体験を有した人や性被害の犠牲者となった人々が示すPTSDや解離性障害が数多く報告されるようになった。そして社会が、医療従事者達が従来はそれらのトラウマ関連障害の存在を軽視したり無視したりしたことへの反省があった。
それから米国社会では幼少時のトラウマの事実やその記憶を治療により明らかにすべきであるという主張が多く聞かれるようになった。そして幼児期の性的虐待の記憶を呼び覚ますことを試みる精神科医や心理士やソーシャルワーカーが沢山現れた。その結果として数多くの人々が性的虐待の加害者であったと告発されることとなったのである。
その様な動きに一役買ったのが1988年に出版されたエレン・バスとローラ・デービスによる「生きる勇気と癒す力」(Bass & Davies, 1988)という著書である。この書は幼児期に性的虐待を受けて、その記憶を抑圧しているために忘れている可能性が高い人々が該当するようなチェックリストを示した。また1992年にはハーバード大学のジュディス・ハーマン(Herman, 1992)も「心的トラウマと回復」で、幼少期のトラウマによって自責や自殺願望に苦しめられている女性たちを救うためには、「抑圧された記憶」を回復させることが必要だと説いた。ハーマンの著書はわが国でも阪神淡路大震災の翌年の1996年に翻訳されて出版され、大きな反響を呼んだ。
ところがそれからワンテンポ遅れる形で出てきたのが、いわゆるFMS (false memory syndrome 偽りの記憶症候群) の問題であった。つまり治療により蘇ったとされる記憶の中には、客観的な根拠のない、あるいは事実と異なる過誤記憶が多く含まれるという問題が明らかになったのである。そして誤って加害者として糾弾された犠牲者たちにより作られた利益団体がFMSF(偽りの記憶症候群財団)であった。
以下略