2023年9月19日火曜日

連載エッセイ 9 その2

 快と不快に関する理論にはある種の「セントラルドグマ」があった。そしてこれが快と不快の議論を一件分かりやすくクリア―にしていたのだ。それを以下に示そう。

  まず1950年代のオールズとミルナーによる快中枢(報酬系)の発見があった。いうならば脳の中に快に関する「押しボタン」が見つかったのである。中脳の側坐核と言われる部分だ。たまたま誤ってその部分に電極が刺さった時、ネズミはその電気刺激を進んでおこなうようになったのだ。それまで科学者たちは、脳の中に刺激すると快が得られるという部位をそもそも想定していなかったのだ。

 そもそも脳はどこがどの様な特定な役割を果たしているかが分かりにくいという問題がある。例えば攻撃性を取ってみる。脳の一部に攻撃制をもっぱらつかさどる部分があって、そこが刺激されると人が攻撃的になり、そこを抑制されると攻撃性が抑えられる。しかし実際には攻撃性は色々な要因で生じ、ある一点が攻撃性に関わっているという部位がない。あるいは幻聴を取ってみよう。脳の特定の部分を刺激すると幻聴が始まり、そこの抑制で静まる、という部位はない。

 ところが報酬系の発見は、そこを電気刺激することで気持ちよさが体験されるという部位が見つかったというわけだ。そこを電気刺激するとネズミは快感を覚えるという装置を作ることが出来る。するとネズミはそこを刺激するレバーを懸命になっており始め、餌や水を取ることも忘れて死ぬまで押し続けるという事が起きる。

この発見から提唱されたのは、ドーパミンの「最終共通経路 final common pathway 」(Stahl)説である。簡単に行ってしまえば、あらゆる快楽は、最終的には、報酬系の刺激に相当する中脳のドーパミン経路の興奮に繋がるという理論だ。元オリンピックの水泳の選手が、平泳ぎで金メダルを取った時はなった「チョー気持ちい!」と、暑い日に仕事から帰って冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出して一口飲んた「うまい!」は共通した脳の働きによる、というものである。過去40年ほどはこれで色々説明できることになっていた。比較的最近までは、である。