2023年8月11日金曜日

自殺企図、自傷 3

 緊急処置

自殺企図や故意の自傷行為(以下、「自傷行為」とする)は、それが発見された時点で医学的な問題がすでに伴っている場合は、止血、挿管、解毒剤の投与、緊急手術、透析等の救急医療の手にゆだねられる。服毒や過量服薬の場合には一時間内であれば胃洗浄の適応となる。またその時点で更なる自殺や自傷の意図および衝動が見られる可能性があれば、精神医学的なアセスメントおよび、必要に応じて精神科の入院治療が必要となるであろう。

【必】診断のチェックポイント

自殺企図と自傷行為は類似の機制の下に生じると考えられがちであるが、その本質は大きく異なる場合が多い。自殺企図は自らの命を終わらせたいという試みであるのに対し、自傷行為は自殺の意図はなく、むしろ否定的な気分や認知の状態を緩和し、対人関係の問題を解決し、肯定的な気分をもたらすために行わえる。ただし過量服薬のように、その両方の要素を含み得る場合もある。

定義(診断のチェックポイント下位項目)

自殺企図は、生の苦しみを強制終了するための行動を伴った試みである。それは譫妄や錯乱を伴わず、また政治的、宗教的な目的のみによるものではないとされる(DSM-5)。また自傷行為は自らの身体や精神、社会的地位などを傷つける行為であり、刃物などを用いて体表を傷つける行為などの他にも、、自らのケアを放棄するという形での受け身的なそれがある。自傷行為は、通常は安堵感をもたらし、自らの窮状の無意識の訴えであったり、種々の疾病利得が伴っている場合がある。

【必】病歴(診断のチェックポイント下位項目)

自殺企図や自傷行為は年余にわたり散発的に生じる可能性があり、その為注意深い治療歴の検討が必要になる。その背景には長期にわたる身体および精神疾患がある場合が多い。またそれらの行為を誘発するような心理社会的なトリガーが見られることがあり、対人関係上の偶発時(相手からの暴言や別れの宣言、SNS上の誹謗など)に反応して衝動的に行われる場合もある。なおこれらの行動は精神病症状や譫妄、錯乱 confusion 薬物中毒及びその離脱の際に生じたときには診断されない。

【必】身体所見(診断のチェックポイント下位項目)

自殺企図の際には首の絞扼痕や顔面の鬱血、ためらい傷、銃創などが見られることがある。また繰り返される自傷行為の際には、前腕の腹側および背側、下腿背面等に特徴ある切傷の瘢痕が複数見られることがあり、また火傷の瘢痕や青あざ、瀉血の場合の注射痕が見られる場合もあるが、衣服などによりたくみに隠されている場合がある。まだ本人の置かれた社会的な文脈に従わない過度のピアスや繰り返される整形手術などにも自傷的な意味が考えられることもある。

【必】検査(診断のチェックポイント下位項目)

自殺企図や自傷行為に際しては一般的な血液検査が必要とされる場合がある。失血が伴う場合は、貧血や低血圧やショックを伴う。また薬物や毒の服用に際しては特定の成分が高値で検出されたり、電解質異常その他の様々な異常所見が見られる場合があり、意識障害を伴う場合には脳波異常等が伴う場合がある。

【必】原因疾患と頻度

自殺企図は精神障害の多くに付随して見られることが多い。高い自殺率を伴う精神障害としては、うつ病、双極性障害、アルコール依存症、パニック障害等が知られる。また解離性障害、身体症状症、境界パーソナリティ症、虚偽性障害等でも見られる。その他退院の直後、最近の薬物の中断等、重篤な疾患の宣告を受けた後、近親者の死去、失職、離婚等の心的なストレスも挙げられる

【必】重要疾患の鑑別のポイント

深刻な自殺企図と自傷行為は互いに鑑別の対象となる。またそれ等の行為が命令幻聴の結果である場合には、統合失調症が考えられる。さらに虚偽性障害が鑑別上問題とされることもある。

【必】どうしても診断のつかないとき試みること

問題となる行動についての背景を、家族や友人、同僚等から聴取することで把握することは重要である。周囲には容易に気が付かれない事情が本人をそれ等の行動に駆り立てている可能性がある。また同様の行為が過去に特定の文脈で見られなかったかについて聴取することも役に立つことが多い。

帰してはならない患者・帰してもよい患者

(どうしても診断のつかないとき試みること 下位項目)

切迫した自殺企図、自らの自殺の確かな意思を表明している場合、帰宅後に家族に見守られることがない、などには緊急の対応(精神科入院、ICUにおける拘束など)が必要となる。なお将来その意図を他人に話す、あるいはそれを繰り返さないという署名は再発を予防する上で信頼がおけるとは言えない。

【必】文献(5点程度)

羽藤 邦利 (2023) 自殺防止の手引き: 誰もが自殺防止の強力な命の門番になるために 金剛出版

レベンクロン著, 杵淵幸子, 森川那智子訳 (1987) 鏡の中の少女. 集英社文庫.

松本俊彦 (2014) 自傷・自殺する子どもたち. 合同出版.