2023年8月1日火曜日

連載エッセイ 7の1

 人間の脳はもともとマルチコアである

 多重人格状態をパソコンにおいて複数のアプリが立ち上がった状態になぞられた場合、タイムシェアリングは不可能らしいということになった。では最近の複数のCPUを積んだ(マルチコアの)コンピューターに相当することが起きている可能性はあるだろうか?つまり人格AとBが別々のコア(に相当する脳内システム)を用いて存在している可能性があるのか? この問題を考えることから今回を始めよう。

 まず最初にお断りしておくならば、人間の脳は生まれながらにしてデュアルコアなのである。それは脳が基本的には右脳と左脳に分かれており、それぞれがある程度独立して機能していると考えられているからである。

(ちなみに以下は前著(解離性障害と他者性、2022)のp.102以降に書いた内容と一部重複する。)

 脳は右脳、左脳に分かれている。その組織は脳幹部や松果体という部分を除いてそれぞれ左右一対が備わっている。だから右脳も左脳も、それぞれが独立したシステムということが出来るのだ。ただし左右脳は脳梁という橋渡しにより連携している。脳梁は二つの脳の間を約二億本と言われるケーブル、すなわち神経線維による連絡路なのだ(図 10-4) 。それにより左右の脳はものすごい速さで情報をやり取りしているので、右の心と左の心という二つの心を持っているという自覚がない。 でも実際はそうなのだ。

 この二つの心の存在というのは、二重人格のようなAさんとBさんが異なる内容を話す、という極端な形を取ることはない。しかしあたかも心の中で対話が生じているような経験として持たれる。
 例えばあなたがダイエットをしていて甘いものをなるべく控えようとしているとしよう。しかし夕食後についいつもの習慣でチョコレートをひとつつまもうとする。すると心の中で「ちょっと待った! 間食はやめることにしたんじゃないの?」 とたしなめる自分の声がするだろう。いわゆる葛藤を体験することになるのだ。そしてその声を聞いた後に最終的にチョコレートを口に入れてしまおうか、それとも我慢しようかという結論を出すであろう。この葛藤というのは私たちが通常体験していることだが、それは自分に甘く、快楽を求める傾向のある、いわば子供の自分と、それを律しようとする大人の部分の声ということになる。そして実はこれは右脳の声と左脳の声として理解することが概ねできるのである。