2023年5月12日金曜日

連載エッセイ 4-2

一般に科学といえば、それまで曖昧にされていたり、明確には定められていなかったことに分け入り、その細部を明らかにするというニュアンスがある。ところが科学にはもう一つの特徴があり、それはいったん細部が明らかにされた後、その奥に分け入るとまたピントが外れてしまうということだ。明らかになった事柄は、そのさらに細部に至るとまたファジーになっていくのだ。ちょうど理科の実習で、顕微鏡で物体にピントを合わせると、多焦点レンズに一度クリアーに見えた物体が、さらに倍率を挙げていくとまたファジーになるという経験をお持ちだろう。

脳科学においても事情は同じだ。脳の働きを突き詰めると神経細胞の一つ一つの電気活動になる。そして神経細胞は決して静止していない。ほかの神経細胞から切り離しても、僅かな電気信号を発している。もちろんそこにはっきりした規則性はない。それは「揺らいでいる」といってもいいし、自発的に勝手に動いている、といってもいい。そして神経細胞同士は実は隣の細胞とも、遠隔の細胞とも神経線維を介してつながっている。しかしその全体が特にまとまった活動をしていないのであれば、全体として揺らいでいるのだ。その様子を私たちはどの程度自覚できるのか。

試みに目をつぶって、そこでみられるものを描写してみよう。目をつぶったからと言って単一の景色が広がっているということはまずありえないだろう。おそらくとてもファジーで移り変わるような何かが漠然と見えているだろう。それはオーロラのように常に形を変えるかもしれない。そしてこれもまた「揺らぎ」なのだ。