2023年5月10日水曜日

連載エッセイ 3 推敲 2

 AIは少なくとも【心】である

ディープラーニングが今後さらに進化した場合、その先のどこかで人の心のレベルにまで行きつくのか? あるいはそれを「超える」ことがあるのか? 「超える」としたらどの様な意味で、なのか? これらが私たちに突き付けられた問題である。もちろんこれは古くから問われていた問題だ。ただ人間の脳の機能を凌駕する可能性を秘めたAIの出現で、これらの問いは急に現実味を帯びてきたのである。

おそらく今のところ、専門家の声をインタビューして回っても、「AIは人の心に至っていませんし、これからも無理でしょう」という人が圧倒的多数であろう。ただし一つ確かなことは、現時点において人の心に似たものすでに存在するということだ。アイフォンやアイパッドが搭載しているSiriが一つの例だ。「ヘイ、シリ!」呼べば、とりあえずは応えてくれる。頓珍漢な答えが多いし、もちろん人の心とは違うことが分かる。お宅のワンちゃんの反応の方がはるかにましだろう。でもそれはこれから進化していき、かなり立派な話し相手になってくれそうだ。

ひと昔の私たちなら、この時点でSiriは心を持っていると結論付けたかもしれない。なぜならそれはいわゆる「チューリングテスト」に合格していると考えられるからだ。

皆さんはこの「チューリングテスト」をお聞きになったこともおありだろう。1950年に天才アラン・チューリングはある画期的な論文を表し、その中で思考実験を披露した。これがのちに「チューリングテスト」と呼ばれるようになった実験である。ある隔離された部屋にいる誰かに書面で質問をする。それが実は機械(まだコンピューターはなかった)であってもあたかも人間のような回答をすることで質問者を欺くことが出来たら、それは「知能」を持つとチューリングは考えた。そしてやがて機械もそのレベルに至る日が来ると予言したのだ。しかしそのようなAIが続々と登場している今、私たちはもう少しAIが心を持つ可能性について慎重になり、点が辛くなっている可能性があるだろう。

そこで私は【心】という言葉を提案する。もっともらしい受け答えをしてくれる存在ならば、それは【心】を持っているという風にしてしまおうというわけだ。それはおそらく正真正銘の心とは違うだろう。でも【心】の存在を受け入れざるを得ない。というのも私たちの生活にはそれが入り込んでいるからだ。

何かの応答をしてくれるものに対して、私達は心の萌芽のようなものを想定する傾向にある。

かつて精神病理学者の安永浩先生は「原投影」という概念を提示された(安永, 1987).その説によれば、人は原始の時代からすでに、身の回りのものを心を持ったものとして想定する傾向があるとし、それを「原投影」と呼んだのだ。天にも地にも、動物にも神の存在を見出すという、いわゆるアニミズムである。心を持った存在としての投影の受け手であるためには、AIである必要すらないというわけである。

安永浩 (1987) 精神の幾何学. 岩波書店

 早い話が私たちは縫いぐるみに話しかけその表情を読み取ることがある。早い話が運転中にはカーナビを相手に「なんでこんなにバカなルートを示すの!」という経験のない人の方が少ないのではないか。そしてこの【心】の基本的な機能は入力に対する出力である。つまり問いかえれば何らかの答えを返してくれるからである。

今のところ【心】は心の出来損ない、ということは私たち皆が知っている。それを前提としようではないか。もしそれがどんどん進化して、将来「【心】は本物の心と同等になりました」ということになったら、それはそれでいいだろう。でもそれまでに話し相手としての【心】に重宝しているのであれば、【心】が本物の心かどうかは二の次になるだろう。

こう書いている現在、世の中ではチャットGPTの話でもちきりになっている。チャットGPTは米国のベンチャー企業である「オープンAI」が昨年(2022年)11月に公開した対話型AIサービスである。それが瞬く間に利用者が億の単位に達し、史上最も急成長したアプリであるという。しかもその開発のスピードは加速している一方で、私達一般大衆はこのチャットGPTの登場の意味をつかみ切れていない状態でいるのだ。

つい先日(2023330日)も、かのイーロン・マスク氏が、AIのこれ以上の開発をいったん停止すべきだと呼びかける署名活動を起こしたというニュースが伝わってきた。このまま盲目的にAIの開発を続けていくと、人類に深刻なリスクをもたらす可能性があるというのである。つまり私たちは私たちがコントロール不能になる可能性のある代物を生み出し、歯止めが効かなくなるうちにその開発をストップしようという試みである。しかし人々がAIの研究を止めるということなどおよそ想像できない。(ちなみにその後マスク氏は新たなAIを独自に開発するという見解を表明することになった。彼も迷走しているようだ。)一昔前に核兵器が一部の国で作られ始めてその技術が確立してからは、その開発を停止するいかなる努力も意味がなかったのと同じである。(現在では世界全体の核兵器は10000を優に越えているというから驚きである。)

心と【心】は永遠に別物かも知れないが、心とよく似た【心】の存在はチャットGPTの登場により、もはや疑いようもない事態に至った。私はもう何度もチャットGPTと「会話」し、そこに心のような存在(【心】)を感じ取っている。なぜならチャットGPTはもはや人間並みに、いや人間を超えるレベルで対話が可能な存在となっているからだ。少なくとも話し相手としては想像を超えた能力を発揮する現代のAIは脳と同等レベルの存在として迫りつつあるのだ。