2023年4月29日土曜日

共感の脳科学 推敲 6

  ASD(自閉症スペクトラム障害)における共感の能力についても考えなくてはなりません。ASDは心の理論に問題があるとされますが(Baron-Cohen, 1985)実際はどうなのでしょうか?ASDは社会的なコミュニケーションの問題以外にもいわゆる「制限された反復的ないしステレオタイプの行動(restricted repetitive and stereotyped patterns of behavior, interests, and activities, RRB)」も見られ、それ等に反映されるようなより広範にわたる脳の機能の異常が指摘されています。そのなかでもASDにおける脳の容積の異常は早くから指摘されています。幼少時は特に前頭葉や側頭葉の容積が正常より大きく、しかし15歳ごろを過ぎると逆に小さくなると報告されています(Nordahl, et al, 2011, Carper, et al. 2002

Nordahl CW, Lange N, Li DD, Barnett LA, Lee A, Buonocore MH, Simon TJ, Rogers S, Ozonoff S, Amaral DG (2011) Brain enlargement is associated with regression in preschoolage boys with autism spectrum disorders. Proc Natl Acad Sci U S A 108:20195-20200

Carper RA, Moses P, Tigue ZD, Courchesne E (2002) Cerebral lobes in autism: early hyperplasia and abnormal age effects. Neuroimage 16:1038-1051.

またASDでは発達早期に大脳皮質が急速に拡張された後、今度は急速に皮質が薄くなるという現象を指摘しています。また脳の機能異常の具体的な所見についても膨大な情報が蓄積されているものの、その所見は多岐にわたり、その中には研究同士が相互に矛盾していることも多くみられます。その一つの理由としては、ASDの脳が年代により大きく変化するという可能性が指摘されています(Ha, et al. 2015)。

Ha S, Sohn IJ, Kim N, Sim HJ, Cheon KA.2015 Characteristics of Brains in Autism Spectrum Disorder: Structure, Function and Connectivity across the Lifespan. Exp Neurobiol. 2015 Dec;24(4):273-84.

ASDにおける扁桃核の容積の増大は多く指摘され、またその大きさは社会的な交流の難しさに比例しているとのことです(Schumann, et al, 2009

Schumann,CM,  Barnes, CC, Lord, C, Courchesne, E (2009) Amygdala Enlargement in Toddlers with Autism Related to Severity of Social and Communication Impairments. Biological Psychiatry. 66:942-949.

ただその全体として言えることは、ASDにおいては脳の局所的な異常が問題となるよりは、皮質間の連絡の異常が主たる問題であり、それも局所的には連絡過多ないしは連絡過少が見られ、全体として「神経発達的離断症候群developmental disconnection syndrome」とも言われます(92)。そしていわゆる社会脳エリアと呼ばれる部位(middle temporal gyrus, fusiform gyrus, amygdala, MPGC, IFGなど(3948)の障害が指摘されています。

また左側頭葉の言語処理を担う部位と前頭葉との連絡の低下が、社会的な交流の異常と関係が深いという研究もあります(Hoffman, 2016

Hoffmann, E., Brück, C., Kreifelts, B. et al. Reduced functional connectivity to the frontal cortex during processing of social cues in autism spectrum disorder. J Neural Transm 123, 937–947 (2016)

総じて述べるとASDの共感の異常について脳科学的な説明をするにはまだ至っていないという印象を受けます。サイコパスとASDはともに共感能力の低下が論じられていますが、その部位が異なるということが出来るでしょう。サイコパスは共感の欠如、ASDは心の理論の障害、という切り分け方はそれをやや単純化したものであると言えるでしょう。