2022年11月20日日曜日

感情と精神療法 やり直し 推敲 6

 以下の部分、全面的に書き換えた。

治療における感情以外の様々な要素

治療の進展に関わる要素として、ここまで情緒的な関りについて述べたが、もちろん治療の進展を左右するのは感情だけではない。治療場面で生じるあらゆる現象が治療の進展に関与する可能性がある。そもそも何が治療効果を及ぼすかは、来談者の訴えやニーズがさまざまに異なるという現実を抜きには語れない。彼らは時には黙って話を聞いて欲しいと望み、または積極的な勇気づけを求め、またはアドバイスを求め、場合によっては治療者を怒りのはけ口にするだろう。これらのニーズをきわめて大雑把に表現すると、来談者はある種の「変化」を求めていると言えなくもない。これまで気付かずに繰り返してきたある種の思考や行動ないしは感情のパターンが何らかの形で改変されることで心の苦しさを軽減したいと望んでいるのだ。しかしその「変化」はどのようにして治療状況で生み出されるのだろうか? それが問題である。
 精神分析家の村岡倫子は「ターニングポイント」という概念でこのような機会について論じている。それはしばしばある種の偶発的な出来事に端を発し、あえてそれを仕組んだり計画したりすることはできない。しかしそのうちのあるものはある種のインパクトを来談者に与え、それが治療の進展につながる。そして感情の議論とのつながりで言えば、このような出来事はある種の感情部分をほぼ必然的に伴う。ただしそれは陽性の感情とは限らない。痛みかも知れないし、羞恥心かもしれないし、ある種の罪悪感かも知れない。しかしともかくもある体験がしっかりと記憶に残るためにはそこに感情が伴う必要がある。それにより中脳の扁桃核というが賦活され、刻印が押される必要があるのだ。それが偶発事である以上、私達がそれをコントロールすることは概ね不可能である。さらにはそれにある偶発事が結果的にターニングポイントになったかどうかは、後になって判断する以外にない場合も多い。
 たとえば治療者がある日偶発的な出来事の為にセッションに遅れて到着し、それを不満に思った来談者との間で感情の行き違いが生じる。普段は感情表現の少ない治療者は、その時いつもの落ち着きを失い来談者に謝罪をしたとしよう。それが来談者に与える印象は実に様々なであろう。ある来談者にとってはそれが治療者を一人の、他の人と同様に過ちを犯す人間としてとらえ直すという新鮮な体験になるかもしれない。しかし別の来談者はその謝罪を表面的で心のこもっていないものと感じるかもしれない。いずれにせよこの偶発事はそれまで静かであった湖面に投げ入れられた石のような波紋を作るであろう。つまりこれが治療の転機になる場合もあれば、破綻に繋がる場合もあるのだ。ただし治療者はターニングポイントに繋がるような偶発事をいかに見逃さないかということに、その臨床力を発揮することになるのであろう。その意味では偶然の出来事をセレンディピティに繋げる発見者と類似した議論かも知れないのだ。