愛着およびトラウマにおいて右脳が持つ意味( Schoreによる)
愛着について考える場合も、トラウマの場合も、そこで右脳が占めている重要な意味について理解すべきであるとする。まず人間の発達段階において、特に生後の最初の一年でまず機能を発揮し始めるのは右脳であり、左脳はまだ機能していない。たとえば生後二か月になり、後頭葉の皮質のシナプス形成が始まると、その情報は主として右脳に流れ、右脳が興奮を示す
(Tzourio-Mazoyer, 2002) 。 子供が成長し、左右の海馬の機能などが備わり、時系列的な記憶が生成され始めるのは、4,5歳になってからだ。しかしそれ以前に生じたトラウマは、何も記憶ができない状態でも、すでに生理学的な存在として、その脳は様々なストレスに対する対応のパターンを形成していく。そしてそれは右脳を主座として生じる。そこで誤ったパターンが形成された場合は、その後の人生で大きな影響をこうむることになる。
またPTSDの典型的なフラッシュバックの際などの過覚醒状態を考えると、心臓の脈拍の高まりとともに、右後部帯状回、右尾状核、右後頭葉、右頭頂葉の興奮がみられるという(Lanius et al, 2004) 。そして解離状態の場合、ないしはPTSDの患者が典型的な状態から解離的な状態に反転した場合、たとえばトラウマ状況を描いた文章を聞くことで逆に脈拍数が下がったりする場合には、右の上、中側頭回の興奮のパターンが見られたり、あるいは右の島および前頭葉の興奮が見られるという(Lanius, 2005)。いずれにせよ過覚醒にしても解離状態にしても、そこで異常所見を示すのは右脳の各部ということになる。
通常はトラウマが生じた際は、体中のアラームが鳴り響き、過覚醒状態となる。そこで母親による慰撫 soothing が得られると、その過剰な興奮が徐々に和らぐ。しかしD型の愛着が形成されるような母子関係においては、その慰撫が得られず、その結果生じると考えられるのがこの解離なのだ。それはいわば過覚醒が反跳する形で逆の弛緩へと向かった状態と捉えることが出来るだろう。そしてこのように解離は特に右脳の情緒的な情報の統合の低下を意味するため、右の前帯状回こそが解離の病理の座であるという説もある。幼児は幼いころに母親を通して、その情緒反応を自分の中に取り込んでいくが、それは母親の特に右脳の皮質辺縁系のニューロンの発火パターンが取り入れられることだ。ところで愛着や解離の理論において、特にショアが強調するのが、右脳の機能の優位性である。そもそも愛着とは、母親と子供の右脳の同調により深まっていく。親は視線や声のトーンを通して、そして体の接触を通して子どもと様々な情報を交換している。子供の感情や自律神経の状態は、安定した母親のそれによって調節されていくのだ。この時期は子供の中枢神経や自律神経が急速に育ち、成熟に向かっていく。それらの成熟とともに、子供は自分自身で感情や自律神経を調整するすべを学ぶ。究極的にはそれが当人の持つレジリエンスとなっていくのである。
逆に愛着の失敗やトラウマ等で同調不全が生じた場合は、それが解離の病理にもつながっていく。つまりトラウマや解離反応において生じているのは、一種の右脳の機能不全というわけである。