2022年10月7日金曜日

神経哲学の教え 5

 解離新時代(岩崎学術出版社, 2015)に書いたショアについての記載、今でもとても役立つ。以下に抜粋。

ショアの主張は、愛着トラウマは具体的な生理学的機序を有しているということだ。母親に感情の調節をしてもらえないことで交感神経系が興奮した状態が引き起こされる。そして心臓の鼓動や血圧が高進し、発汗が生じる。しかしそれに対する二次的な反応として、今度は副交感神経の興奮が起きる。すると今度は逆に鼓動は低下し、血圧も低下し、ちょうど擬死のような状態になる。この時特に興奮しているのが背側迷走神経の方だ。ちなみに迷走神経を腹側、背側の二つに分けて考えるのは最近のスティーブン・ポージスの理論(Porges, 2001)である。解離は生理学的には後者が興奮した状態として理解できるというのである。
 ショアはこの状態と、いわゆるタイプ D の愛着との関連に転じる。タイプDの愛着とは、メアリー・エインスウォースの愛着の研究を継いだもう一人のメアリー(メアリー・メイン)の業績だ。このタイプDでは非常に興味深いことが起きる。タイプA, B, Cの様に子供が親にしがみついたり、親に怒ったりという、比較的わかりやすいパターンを示さず、混乱してしまうのだ。ショアによれば、タイプDの特徴である混乱と失見当は、解離と同義だという。これは虐待を受けた子供の80パーセントにみられるパターンであるという。
 このように解離性障害を、「幼児期の(性的)トラウマ」によるものとしてみるのではなく、愛着の障害としてみることのメリットは大きい。そして特定の愛着パターンが解離性障害と関係するという所見は、時には理論や予想が先行しやすい解離の議論にかなり確固とした実証的な素地を与えてくれるのだ。
 ショアによれば、このタイプ D における赤ちゃんの行動は、活動と抑制の共存だという。つまり他人の侵入という状況で、愛着対象であるはずの親に向かおうとする傾向と、それを抑制するような傾向が同時に見られるのだ。ちょうど「アクセルとブレーキを両方踏んでいるような状態」と考えると分かりやすいかもしれない。そしてそれは、エネルギーを消費する交感神経系と、それを節約しようとする副交感神経系の両方がパラドキシカルに賦活されている状態であるとする。これが解離状態であるというのだ。