2022年10月23日日曜日

感情と精神療法 6

 転移を賦活すること

転移の自然発生説に従えば、フロイトが考えたように治療者が受け身的かつ匿名的でありさえすれば、転移は自ずと生じることになる。フロイト的な治療原則に従うことはそれを促進するという意味を持つ。しかし残念ながら治療者の受け身性は転移の発生を促進するばかりではない。むしろ抑制する場合が多いという印象を受ける。

しかし受け身性が促す転移はあまり好ましくない治療の展開を生むこともある。患者は受け身的で情緒剝奪的な両親像のイメージを治療者に投影するのである。患者は治療者のことを、過去に満足な養育環境を提供してくれなかった両親と同類の人間と感じ、そう見なす。彼は半ば必然的に怒りの感情を治療者に向けることになるだろう。多くの分析的な治療者はこれを治療の「進展」と考えるであろう。「ようやく転移が生じたな」そしてそこに表された患者の怒りや羨望を治療的に扱おうと考えるはずである。

ところが私はこのやり方はフロイトが言う「治療の進展にとって邪魔にならない陽生転移 unobjectionable positive transference, UOPT」の部分を伴うことで、初めてその効果が表れる。つまりは治療者にあらかじめ愛着を形成していなくては意味がないのである。つまり治療者を一人の人間として感じ、興味を持つという部分が欠損しているのだ。これでは結局治療を推進する「風」は吹いてくれないのである。

私が提案するのは、治療者はむしろ普段通りでいることである。ことさら患者から転移を引き出そうとしない。その代わりあらゆる手段を尽くして分かりやすく来談者に話し、いわばmotivational speechのような形で語り掛けるのである。その様にすることで少なくとも治療者は治療者を生きた人間と感じる。治療者に対して一人の人間として興味を持つ可能性がそれだけ高まるであろう。この様な形で生まれる感情はUOPTの情勢を促進する可能性がある。(治療者の人間的な部分が表されることでそこへの愛着形成が進むであろう。