2022年9月29日木曜日

神経哲学 neuro-philosophy の教え 1

 さて私は精神分析のプルーラリズムを考える上で極めて重要なことは、脳科学的な所見を心に関する理論に反映させることではないかと思う。その上で重要なのが「脳の安静時活動」であるという事実をお伝えしたい。これはいわゆる神経哲学neurophilosophy という形で提唱されているものである。これは脳科学と哲学の統合という視点で研究されている分野であり、Georg Nortoff neuro-philosophy and the Healthy Mind Learning from the Unwell Brain 脳はいかに意識を作るのか脳の異常から心の謎に迫る という本がその代表的な著作です。(白揚社、2016年)

脳とは何かという問題について、有名なチャールズシェリントン(18571952)は、外界からの刺激に自動的に反応するものであるという捉え方をした。これはある意味で自由意志を否定する見方になるであろう。それに対して弟子のグラハムブラウンはそれに反対して「脳の活動は、脳内の内因的な活動によって駆り立てられる、とした。」ノルトフp41。外的な刺激で引き起こされるもの、と内因的な活動によるもの、というこの対立は今でも続いているが、後者に対する支持となる所見が得られるようになって来ている。それが「安静時活動」の問題だ。ちなみにフロイトはシェリントンと同時代人であり、前者の考えに即した考えを持っていた。つまり自由意志を否定する考えである。ところがデフォルトモードの発見によりそれに異が唱えられるようになったのだ。これは神経ネットワークとしての心に一つの重要な特徴を与えるのである。それはいわば自由意志の存在ともいえるが、見方を代えれば、揺らぎの存在なのである。