2022年9月7日水曜日

感情と精神療法 2

 治療において必須となる転移感情

治療的な関りには様々な情緒が伴うであろうが、その中でも重要なのが、転移―逆転移感情であろう。患者の感情が動かず、自らについての言及も少ないだけでなく、治療者にも積極的な関心を抱かない場合には、その治療にはあまり進展は望めないであろう。しかしここに治療を動かす一つの決め手となるのが、転移感情である。患者が治療者に対して人間的な興味を持ち、あるいは治療者との情緒的な関係を重要と感じるようになると、そこに新たな力動が生まれる。ここら辺の事情は、すでにフロイトが100年以上前に述べていることだ。

 比喩を用いればわかりやすいかも知れない。職場や学校でのさして興味のない仕事や勉強に追われ、それ以外は単調な毎日を送っている人が、ある人に出会う。その人は自分にとっての理想の人に思え、その人と話すことで勇気や希望が生まれる。その人にとって誇れる自分、振り返ってもらえるような自分であろうと思い、行動や身だしなみを整えるようになる。その人からの一言、例えば「あなたの○○なところは素敵ですね。」などと言われると、天にも昇る気持ちになり、その○○な部分をさらに伸ばして、もっとその人に評価してもらいたいと思う。
 この例は自分が興味を抱いた異性に関するものとして書いたつもりだが、別に上司や先輩であっても構わない。自分にとってのアイドル的な存在一般についても言えるだろう。
 私達はその様な人の存在が、普段はあまり人生に幸せを感じることが出来ず、自分に対しても他人に対しても関心を向けることのない人が、なぜここまで変化を遂げるかが不思議であろう。無論このような一種の「ほれ込み」が健康的でその人の成長につながるとは限らない。その相手が想像とは実際はかけ離れている場合には、けっこうややこしいことが起きてしまいかねない。しかしここで注目すべきことは、人が誰かを好ましく思い、その相手の幸せや不幸に自分のそれを同期化させるような対象が、その人の普段は変わることのない思考、行動パターンに変化をもたらすための重要な機会を与えるということである。そして興味深いことに、フロイトはそれが「転移」現象として、分析的な治療関係に入れば、当然のごとく生じると考えたことである。