2022年9月10日土曜日

治療機序の多元性について 2

  私は精神分析は出来るだけサイエンスであり続けるべきだと思います。ですから精神分析はどのような機序で患者に変化を与えていくかという厳密な議論は必要だと考えています。そしてフロイトが、それは無意識の意識化であり、そのために最も決定的な介入は無意識内容の解釈であると唱えたこと、そしてそれが精神分析において長い間半ば常識とされてきたということは歴史的に見て極めて大きな意味を持っていると思います。そしてそれに対するアンチテーゼとして支持的、ないしは関係性という考え方が生まれたわけですが、従来考えられてきた「洞察的か、支持的か」や「解釈か、関係性か」という対立軸はもはや意味がないということです。
 ところでMPRP(メニンガー精神療法研究プロジェクト)は解釈的な要素と支持的な要素は常に入り混じっていた(Wallerstein, 1986)という結論が出ました。それからは解釈による洞察」と「新しい関係性を体験することによる変化」は相乗効果的 synergisticである!という考え方が重要になりつつあるということです。
 さてその結果としてどうなったかというと、では患者が何を求めて治療を訪れるかということを考えた場合、それこそ数えきれないほどのニーズがあり、それぞれに対して有効なメソッドが存在するということです。それは例えば心理臨床への多元的アプローチという本に示されるCooker McLod の主張とあまり変わらなくなってしまいます。

 そこで私は最近は一つの方針を決めています。それはまず、病態の理解としては神経ネットワークの考えを念頭に置くことです。
 これは恐らく同じようなことについて思案している分析家であり精神科医のギャバード先生が考えた末に主張していることで、行ってみれば当たり前のことですが、比較的わかりやすいことです。それはおそらく私たちは私たちが持っているある種のパターンについて扱っているということです。そしてそれはある意味では十分意識できないからこそ代えられないのです。それを潜在的なシステム:無意識的な連合ネットワーク unconscious associative networks* UAN) が改変することで、問題となる情動的な反応や防衛システムや無意識的な解釈のパターンが変化すること。とします。そしてこれとは別に顕在的なシステム:意識的な思考、感情動機付けや調整のパターンが変化すること が存在します。

(*)Westen,D., Gabbard G. (2002) Developments in cognitive neuroscience. J Am Psychoanal Assoc 50. pp.54-113.

さてそこに脳科学はどのように関わってくるのでしょうか? それが彼が言う無意識的な連合ネットワークの概念です。
 これは具体的に何を意味するかと言えば、表象と情動の自動的、直接的な結びつきが繰り返して起きているという事情です。それは例に挙げれば父親のイメージから怒りの感情が直接湧き出てくるようなパターン、あるいは自己イメージを思い浮かべるとそこに自己嫌悪感が生じるというパターン、つまり自分のことを大したことがない、あるいは生きている価値がないと考える場合。あるいは自分が楽しむことを想像すると、「お前にそのような価値はない」という内的な声がするというパターンです。私の患者さんでディズニーランドに行くことを楽しみに感じたら、即座に「お前には楽しむ権利などない」という声が聞こえたというケースがありました。