文献を調べたりしていてほとんど進まなかった・・・・
黒幕人格の成立過程
黒幕人格がどのように成立するかに関して、ひとつの仮説として「攻撃者との同一化 identification
with the aggressor」というプロセスが論じられる場合がある。「攻撃者との同一化」とは、もともとは精神分析の概念であるが、児童虐待などで起こる現象を表すときにも用いられることがある。攻撃者から与えられる恐怖の体験に際し、それがあまりに強烈で対処不能なとき、被害者は無力感や絶望感に陥る。そして、攻撃者の意図や行動をほぼ自動的に自分の中に取り入れ、同一化することによってその事態に対処するというのがこの「攻撃者との同一化」である。
この「攻撃者との同一化」という考えは、フロイトの弟子でもあり親友でもあった分析家Sandor Ferenczi が1932年に「臨床日記」の中で記載し、同年にドイツのWiesbadenでの国際精神分析学会で発表した。それ以来トラウマや解離の世界では広く知られるようになっている。(ただしこの概念が正式に英文で発表されたのは、1949年となっている。)そして紛らわしいことにS.Freudの末娘であり分析家だった Anna Freud は4年後に「自我と防衛機制」(A. Freud, 1936)中で同名の概念(「攻撃者との同一化 identification
with the aggressor」)に言及している。A.Freudはこの「攻撃者との同一化」を「攻撃者の衣を借りることで、その性質を帯び、それを真似することで、子供は脅かされている人から、脅かす人に変身する」(p. 113) と説明している。しかしこれはFerenczi のいうそれとは大きく異なったものである(Frankel, 2002)。Ferenczi は「子供が攻撃者になり代わる」とは言っていないのだ。彼が描いているのはむしろ、一瞬にして攻撃者に心を乗っ取られてしまうことなのである。
フェレンツィ がこの概念を提出した「大人と子供の言葉の混乱」の記述を少し追ってみよう。
Ferenczi, S. (1933/1949). Confusion of tongues between the adult and the child. International Journal of Psychoanalysis, 30, 225-230.(森茂起ほか訳「おとなと子供の間の言葉の混乱」(「精神分析への最後の貢献―フェレンツィ後期著作集― 岩崎学術出版社、2007年 pp139-150」。Ferenczi, S(1932/1988)the Clinical Diary of Sandor Ferenczi edited by Judith Dupont translated by Michael Balint and Nicola Zardy Jackson 臨床日記 森茂起訳 2018年 みすず書房