2022年1月3日月曜日

偽りの記憶の問題 24

 ショウの本の 273ページでは次のように書いてある。抑圧された記憶(つまり多くのトラウマの記憶は大抵抑圧されている)という誤解は、臨床医の7パーセント、分析家の10パーセント、催眠療法士の28パーセントにより信じられているという。この書き方だと、「抑圧された記憶という誤った考え方を、いまだにこれほど多くの人が信じている」と言っているようだ。ところがこれがまた紛らわしい問題なのである。ここで私たちは非常に大きな問題に出会うのだ。「トラウマ記憶を思い出すという事は実際にあるのか。」これについてよく聞かれる臨床家からの反応は、以下の通りだ。「いやいや、長く抑圧されていたものがポッと思い出されるなんてことはないよ。」そう、これは抑圧に関してはそうなのである。その意味でショウの言っていることは正しい。しかし実際に臨床上も、また私たちの日常でも、昔の記憶がポッと蘇ることは実際ある。そして私はここで過誤記憶のことを言っているわけではない。そこで起きている現象は解離と呼ばれている。これは実に不思議なことだ。どちらの主張が正しいのか分からなくなってしまうからだ。
 昔の記憶が回復するという現象は、「抑圧」が関与している場合にはありえない。しかし「解離」が関与している場合にはありえる。これは一体どういうことか。
 まず私たちが考えるフロイト流の心の図式では、ある出来事を思い出したくない、回避したくないという防衛が働くことでそれが抑圧されることになる。ただしフロイト自身が考えていたことだが、抑圧された内容は無意識にじっととどまっているわけではない。それは形を変えて意識野や身体症状レベルに表れる。その意味では主体はその存在を予感しているのだ。だからこそそれは自由連想や夢に表れて解釈の対象になる。その意味で「抑圧障壁」は一種の半透膜のようなものだと考えられる。あるいは無意識内容に掛けられたモザイクといってもいい。すると大抵はその内容は薄々意識野には知られているわけである。全く知られなかったことがいきなり出てくることはない。しかしこれはあくまでも抑圧された内容についてである。解離の場合はどうか。解離はちょうど心のどこかに箱に入って密閉されていた体験内容である。それがあることをきっかけに蓋が開き、内容が出てくることはある。だから結論から言えば、「トラウマ記憶を思い出すという事は実際にあるのか。」はありうるのである。ショウの著書のこの部分はだからかえって誤解を招いていることになる。