2021年12月29日水曜日

偽りの記憶の問題 21

  昨日はあるバイジーさんたちと話をしていて、色々洞察を得たことがあった。どうやら私たち精神科医が遭遇する過誤記憶に類似した現象には、他にいくつかありそうだ。その一つは過誤記憶そのものである。しかしそれ以外を考慮に入れない傾向が私たちにはある。類似の現象としてもう一つは妄想、そして最後に虚言、つまり嘘である。これらは精神病理学的に明白に区別されるべきものだが、これが案外厄介だ。
 ある架空のAさんを考えよう。彼は野球をやっていて、巨人軍のスカウトからアプローチをされたという。その話を聞いた私は、Aさんの野球の実力を知っているためにそれがおそらく現実には起きそうにないように思えるとしよう。しかし全くあり得ないことではないところが難しいのだ。まずこれが妄想である可能性はもちろんある。現実にないことを頭の中であたかも実際に起きていることとして作り上げてしまうという病的な現象が妄想だ。あるいは虚言(つまり嘘)であるという事も十分ありうる。こちらは精神疾患とは言えない。多かれ少なかれ人間は嘘をついてしまうことが時々ある。

 ところがこれが過誤記憶である可能性があるとはどういう事だろうか。例えばAさんが夢を見て、その中で野球の練習からの帰り道に、ある男が「私は巨人軍のスカウトですが、貴方の練習を見ていて将来性を感じました。連絡先を教えていただけますか?」と言い、Aさんは電話番号を告げるとその男は立ち去ったとしよう。ところが月日が経つと、Aさんはそれが夢なのか現実なのかがわからなくなって来たとしよう。その練習場所はいつものなじみのグラウンドだし、そこでAさんの練習をたまたま見ていたスカウトがAさんにアプローチするという事は全くないわけではない。そして夢の内容を現実に起きたものに知らぬ間に置き換えてしまうというのは過誤記憶に分類されるのだ。こうなると一見あり得そうにない話を聞いた場合、それを過誤記憶か妄想かという問題になるが、前者は正常でも起き得ることで、後者は精神病の症状だという区別をすればそれで済むというわけではない。何しろ妄想的な着想は一見正常人と思われる人にも突然孤立して現れることがあるからだ。
 ちなみにこれにはさらに厄介な事態が関係する。Aさんにファンタジー傾向が強く、実際にプロ野球の球団からスカウトされることを夢見ている彼は、そのような場面を夢想することもあるだろう。白日夢、ファンタジーという事になるが、それは夢とは違い、ある程度意のままに構築することが出来るのだ。そしてAさんがそれに没入した場合に、これも将来過誤記憶として成立する可能性がある。ファンタジーの中で生じる出来事が、より現実に近い内容であるとするならば、それは現実といよいよ区別がつきにくくなることもあろう。