ある事情で「コロナと心理臨床」について書く必要が生じた。トホホ。3000くらいを目指すことになりそうだ。
コロナと心理臨床
コロナ禍での臨床が始まって久しい。もう一年これまでのような以上対面のセッションを持つことができていないケースもあるかもしれない。新型コロナの蔓延は間違いなく私たちにとっての試練となっているが、試練は私たちから学びの機会を奪うだけではない。新たな体験の機会も与える。コロナの影響下にある私たちがどのように臨床を継続できるのか、どのように継続すべきかという問題は、おそらく世界中のセラピストたちがこの一年半の間に直面し、そこから大きな学びの体験をも与えているはずだ。
私自身が一つ学んだのは、ZOOMやskypeを通した体験であり、実際に人と対面した時の存在感presence、プレセンス) とオンラインでのお互いの存在感telepresence,テレプレゼンス)違いである。 一緒にいないのに傍にいるという矛盾した体験がオンラインでは可能になる。というよりはそれを余儀なくされる。それはこれまで慣れ親しんでいた対面でのセッションの代替手段となりうるのだろうか?もちろん対面に勝るものはないと考えるクライエントもいるだろう。しかし厄介なのは、ZOOMの方が抵抗なくセッションを持つことができる、という一部のクライエントの存在である。ZOOMに慣れてしまうのはよくないことだろうか?このままにしてはいけないのか?という気持ちを一抹の後ろめたさとともに感じるクライエントも、いやそれだけでなくセラピストもいるのではないか。
いろいろ考えあぐねて私自身が得た結論は、プレゼンスとテレプレゼンスは別物であるということだ。それらはどちらが優れているという問題ではなく、互いに異なり、それぞれの長所と短所を持っているということである。そしておそらくどちらを今後選ぶかはセラピストとクライエントが一緒になって決めることである。そしてその中には、時間的、経済的な点を考慮してオンラインを問題はあるが我慢できる代替手段として選ぶケースもあれば、オンラインの独特の気楽さ(?)のために率先してそれを選ぶケースもあるということである。
一つ言えることは、私たちは今後このようなパンデミックに見舞われても、少なくとも出来損ないのバックアップは手にしていることであり、私はこの文明の利器に感謝すべきではないかと思う。
ここまでで0.9Kである。