他方嫌悪についてはどうか。アルコールは苦手だという人は、お酒のコマーシャルを見ると、「ゲーッ」となる。その時脳の活動を見ると、少なくとも報酬系は興奮せず、とこか別のところが興奮するらしい。報酬系の反対の役割をする部位はおそらくたくさん脳内にあるはずだが、仮にそこを扁桃核に代表されるような「処罰系」という場所を想定するならば、そこが興奮することになる。ということは断酒のための嫌悪治療は少し込み入ったプロセスを必要とする。一つには報酬系が興奮しなくなること、そしてもう一つは処罰系が興奮するようになること。これら二つのプロセスを成功させなければならない。さもないとお酒は、たとえば「美味不味(ウママズ)い」となってしまう。ちょうど鞭で打たれるのが「イタキモチいい」となるように。酒の匂いを嗅ぐだけでも嫌になってこそ断酒が出来るのに、これでは何かのはずみでいつまた飲み始めてしまわないとも限らないではないか。しかし嫌悪治療では見事に酒を「嫌い」になるのだ。なぜだろう?
おそらく嘔吐剤がいかに脳に働きかけるかにより、この治療の効果が決まってくるのではないだろうか。吐き気を催しているときには、何を食べてもおいしいと感じない。吐き気を感じることで、あらゆる食物は一気に嫌いな対象になってしまうという仕組みが出来上がっているらしいのだ。私は子供の頃よく熱を出した。すると食欲が落ち、吐き気が生じたが、その時口に入れたものはとてもまずいと感じ、それは熱が下がった後も嫌いな食べ物になってしまうことに気が付いた。そんな経緯で特にニンジンが嫌いになった。ただ私は熱を出す前にすごくニンジンが好きだったわけではない。その体験の前にニンジンは私の報酬系を興奮させていたわけではないのだ。ということは私がニンジン嫌いになるためには、一つのプロセス(ニンジンを食べることで処罰系を興奮させる)を果たすだけで済んだわけである。
ところで「処罰系」が分からないといっていたが、こんなネットの記事を拾った。
Brain Pathways of Aversion Identified ·February 14, 2019(Summary: Researchers have identified a specific pathway between the hypothalamus and habenula that controls feelings of aversion).
何と、もとの論文がネットでただでダウンロードできた!!
Lazaridis,I., Tzortzi,O., Weglage,M. et
al. (2019) A
hypothalamus-habenula circuit controls aversion. Mol Psychiatry 24, 1351–1368.
この報告によると、恐れに関しては扁桃核が一番怪しいとされていろいろ研究されていたが、不快や嫌悪についてはあまりわかっていなかったという。そして最近では手綱という部位が快感や不快に携わっているという動物でのデータが得られているという。そしてこの部位の脳深部刺激がうつ病に効果があるということもわかってきた。この部位はセロトニンもドーパミンもコントロールするということだ。
この種の研究を探しているうちに、次の論文を発見した。
Kawai,T., Yamada, H., Sato, N. et al. (2015) Roles of the lateral habenula and anterior cingulate cortex in negative outcome monitoring and behavioral adjustment in nonhuman primates. Neuron, 2015, DOI: 10.1016/j.neuron.2015.09.030
医学部時代の講義前の仲間との写真。筆者は二段目右から二番目