2021年4月14日水曜日

解離性健忘 7

 今日の精神疾患治療指針 医学書院 2012 年という本に、我らが柴山雅俊先生が「解離性健忘」「解離性遁走」の二つの項目を書いていることを発見した。一生懸命PDFOCR変換して、文字化けを治して以下の原稿を作った(2時間かかった)。


解離性健忘
【定義・病型】 解離性健忘とは,外傷的ないしはストレスの強い性質をもった出来事についての記憶喪失である。ストレスの強い出来事とは,例えば幼児虐待,夫婦間トラブル, 性的トラブル,法律的問題,経済的破綻,自殺企図などである.健忘に加え,旅や放浪,同一性の障害が認められれば,解離性健忘ではなく解離性遁走診断 される.

【経過】解離性健忘の中には比較的速やかに記憶を回復する群の他に,その後の経過によっては健忘以外の解離症状が日立つようになる群もあり,後者は特定不能の解離性障害や解離性同一性障害と診断されることもある. 解離性健忘にはいくつかの類型がある全般性健忘 (全生活史健忘)とは自己の全ての人生の健忘であり,系統的健忘は自分の家族や特定の人物・出来事 に関する全ての健忘であり,局在性健忘はある特定期間の出来事の健忘をい う。選択的健忘とはある期間の出来事の健忘であるが,その一部が想起可能である.外傷体験が逆行性の 性質をもつのみではなく,その後の出来事にも及んで新たな記憶の獲得に障害がみられる 場合,持続性健忘 continuous amnesiaと呼ぶが, れである.
【鑑別診断】 詐病,てんかん,アルコールなどの物質関連性障害,一過性全健忘,器質性精神障害などと鑑別する.

【治療指針】解離性遁走の治療原則は外傷性精神障害の一般的治療に準ずる.それには Hermannの 回復の 3段階が参考になる。それに準じて治療の3段階について整理すると,①安全や安 定の確立,②外傷記憶の想起 とその消化,③ 再結合 とリハビリテーション,に分けられる。
1段階 :安全や安定の確立 解離状態にみられる不安や恐怖を和らげ, 安心感や安定感をもたらすことが中心となる段階.まずは生活環境を安全なものとする. 虐待などが起こる可能性がある環境から離して保護することも必要である.睡眠や食欲気分などに問題がある場合にはそれぞれの〕病態に応じた薬物を処方する.薬物を処方する際には,妊娠の有無についても確認する必要がある.環境から逃避する心性がみられる。ある例では,このような安全・安定の確立だけで記憶を回復する場合も多い.要するに安心できる「居場所」の確保である.解離性障害はこのような「居場所」が発症とともに治療において も重要な要素となっている.
2段階 :外傷記憶の想起とその消化  自らの外傷記憶に向き合い,それにまつわる不安や恐怖を和らげ,それを克服するこが中心となる段階。第1段階がある程度達成されれば,次に過去の出来事を消化する作業が必要になる.症候的にも安定しないような状態や治療者 との信頼関係がみられないような状況では,この段階に着手することは困難である。それがある程度克服できた段階で徐々に過去の出来事について周辺領域から話題にし,場合によっては直面化する。ただし,不安や恐怖,さらにはその他の解離症状が前景化したり,健忘を繰 り返したりするよう場合には, 1段階に戻るなど柔軟な対応が必要である.記憶の回復のみを目的としないようにする.
3段階:再結合とリハビリテーション 日常生活における不安や恐怖 を克服し,常生活に積極的に関与する段階.この段階はこれまで不安や恐怖によって避けていた常生活の範囲を次第に広げ,様々なストレに対して うまく対処することができるようになる.
解離性遁走
【定義・病型】 解離性遁走の主病像は職場や家からの突然の予期せぬ旅ないしは放浪であり,過去の想起不能を伴う。旅や放浪は数日間で,回復は自発的で突然である。個人の同一性については混乱していたり,新しい同一性を獲得していたりする.
【疫学】 外国の報告では有病率は0.2%とされるが, 自然災害や戦争が起きると有病率は 噌加する.解離性遁走は男女に差がないか男性が優位だという報告がある.旅の期間中の行動は第三者からみると正常に映ることが多いが,患者は同一性が混乱していたり,新たな同一性を獲得していたりして,普段の同一性がみられないのが通常である。この間,過去の生活についての記憶を忘れているが, 自分が忘れていることには気づいていない。放浪から我 に返ると,今度は放良の期間を全く想起で きない,あるいは部分的にしか想起できない。我に返ったときには遁走前の記憶を回復する場合もあれば,一切生活史が想起不能になっていることもある。遁走を繰り返しており遁走前に既に全生活史健忘がみられるような症例では我に返っても健忘は回復しないことが多い。このように解離性遁走は健忘とともに場所の移動を伴う同一性の変化の2つが重要な構成要素となっている. 患者は発症前に解離性健忘と同様に,外傷,あるいはストレス状況,葛藤状況にあるこが多く,現実に耐え難いと感じて, しばしばそこから逃避しようとする心性をもつ。児童期虐待が関係しているという説もある. 病的旅を伴う場合を古典的遁走 classic fugue  呼ぶならば,旅を伴わない遁走,つまり「気がついたら別の場所にいた」といったように,短期間自分を見失って短い距離を移動することを小遁走 mini_fugueと呼ぶ , これは特定不能の解離性障害や解離性同一性障害などでみられることが多い.このように遁走を反復するときにはこれらの解離性障害を疑う.
【鑑別診断】 基本的には解離性健忘と同様である詐病,双極性障害,統合失調症,てんかん,アルコールや幻覚剤などの物質関連性障害,認知症,頭部外傷などの器質性精神障害.
【治療方針】 基本的には解離性健忘と同様である.ただし解離性遁走にみられる場所の移動,同一性の変化,自己同一性にまつわる健忘などは, 時に様々な身体的危険を引き起こす可能性があるので注意を要する。例えば肉体的病気の 悪化や凍傷,脱水などである。また不眠,不安,焦燥感,抑うつ気分などの症状に注意しながら,それらの症状の改善のため十分な薬物療法が必要なこともある.なかなか記憶が回復しないときには,本人や家族に説明による同意を得て,アモバルビタール(イソミタール)などの静脈麻酔薬による面接や催眠療法を施行することによって記 憶が回復することがある。しかし,焦って記憶の回復のみを求めると,患者を精神的に追い詰める危険性があり,総合的観点から治療方針を立てなければな らない.また麻酔面接や催眠によってよみがえった記憶内容は,病像の回復に有効であることもあるが,実際にはその記憶内容が必ずしも真実とは限らないという点については注意すべ きである. 主となる治療は精神療法であり,基本的には解離性健忘の項で述べた治療の 3段階が重要である。第1段階の安全や安定の確立を中心としつつ,支持的精神療法を行 う。時に絵画などの表現療法などや,夢の報告が記憶回復のヒントになることがある記憶が回復した段階では遁走に至ったストレス状況について面接で取りあげる。