3.パーソナリティ障害の層
パーソナリティ障害の中でも特定のパーソナリティ特性の難治例への関与については、次の「気分障害の層」で論じるため、ここでは特に境界パーソナリティ障害(Borderline personality disorder, 以下、BPD)の傾向について、ICD-11の表現に準じてボーダーラインパターン borderline pattern (以下、BP)と表現して論じる。
トラウマケースの中には家族や配偶者、それ以外の同居者との安定した関係を維持することが出来ない場合がある。そしてそれが本人の社会適応上の問題となり、難治ケースとなる可能性がある。特にBPを有するケースでは、親密な他者が去ることを避けるための死に物狂いの努力や対象に対する脱価値化等が特徴的にみられ(DSM-5)、それが親密な他者を情緒的に疲弊させることが少なくない。一般的にトラウマケースにおいては攻撃的な振る舞いや自傷行為などがみられることは少なくない。しかしBPを伴う場合には、それが他者への攻撃性や注意を向けてほしいという気持ちの発露と感じられることが多く、それが親密な他者を疲弊させ、関係の維持を一層難しくする。
トラウマケースに伴うBPの存在を、トラウマ関連疾患との合併と考えるのか、それともトラウマの帰結と考えるのかという点についてはさまざまな見解がある。しかし最近得られた知見は、やはりそれを生まれつきの性格傾向と幼少時の体験の双方が関与するものとしてみなす傾向がある。
BPDの病因に関する力動的な理解に関しては、従来は母親の過剰な情緒的巻き込み overinvolvement が問題視されてきたが、最近の実証研究はむしろ以下の点を指すという(Gabbard, 2013)。それは患者の抱く母親像は、葛藤的ではあるがむしろ情緒的に疎遠だったりかかわりを持たなかったりするものであること、母子関係の問題よりも父親の不在がより決定的であることであるZanarini,Frankenburg,1997)。そして母親の過剰な情緒的巻き込みよりは、ネグレクトや人生早期の分離や喪失、そして性的外傷が身体的虐待との対比でBPDに特異的であるという(Gabbard, 2013)。
このような幼少時の体験の結果として、親が子供の自己を映し返す機能が果たせないと、怯えさせるか怯えている養育者 fightening or flightened
caregiver が子どもの自己の構造の一部として内在化される ( Fonagy and Target,2000) 。そのため,敵対的な hostile あるいは「よそ者的な alien」表象が子どもの自己表象の中に棲みつくことになる( Fonagy and Target,2000)。Gabbard の記載を参照しよう。「そして子供はよそ者的な自己を外在化することで 、他者がその不快な特性をコントロールさせる必要を持ちつつ成長する。この機制は、境界性患者が迫害的と体験されるような人から苛められるような関係性をなぜ繰り返すのかということの一つの説明になる。投影同一化の過程を通して,患者はたとえば精神療法家のような重要な人物が「よそ者的自己」や「悪い対象」の特徴を帯びるように影響を及ぼすことがある(Gabbard,2013)」 。
しかし最近の研究はまた、BPDが生まれつき有する気質にも注目する。Zanarini らは特に患者の脆弱で過度に敏感な気質vulnerable or hyperbolic temperamentに注目する。これは 「ある種の対人関係に刺激されて強烈な情緒的反応を見せる傾向 tendency to exhibit intese
emotional responses to certain kinds of evocative interpersonal experiences」(Yalch, et al, 2015) とされる。そしてそれらの人がトラウマやネグレクトとあいまってBPDの病理が生まれるとされる(Zanarini, Frankenburg, 2007)その結果としてBPを有する人は、他者を自分を攻撃する可能性のある人として、常にびくつきながら体験することになる(Gabbard, 2013)。
このような理解の仕方は、おおむねボーダーをPTSDの文脈から理解することとも一致する。すなわちそこにみられる対人関係上の問題、特に低い自己価値観と援助者を信頼することの難しさなど(いわゆるDSOは自己感や他者への関係性の問題)も、難治性の問題とかかわってくることが考えられる。
ただし筆者の見解では、BPは単なるトラウマケースというよりは、相手を破壊する傾向が問題となるのであり、生来の敏感さとネグレクトの結果としてBPを発展させたことが原因であると考える。つまりBPは一つの特性として発展してしまったことであり、それをトラウマとネグレクトによって説明できない。他者を精神的に疲弊させる彼らの傾向は、彼らを難治にするような一つの明確な対人パターンなのである。
Zanarini,
MC, Frankenburg,
FR (2007) The Essential Nature of Borderline Psychopathology. Journal of Personality Disorders 21:518-35
Hopwood,
CJ, Zanarini,MC
(2012) Hyperbolic temperament and borderline personality disorder. Personality and Mental Health 6(1):22-32.
Yalch, MM, Hopwood, CJ, Zanarini,MC (2015)
Hyperbolic Temperament as a Distinguishing Feature Between Borderline
Personality Disorder and Mood Dysregulation. Chapter from book Bipolar Illness
Versus Borderline Personality: Red Skies Versus Red Apples (pp.119-132)