2019年11月7日木曜日

脳細胞は揺らいでいる 推敲 2

ちなみに以上の説明をするうえで非常に参考になるのが池谷裕二氏の著作である。彼の数多くの著作の中でも「「ゆらぐ脳」(文芸春秋、2008年、ジャーナリスト木村俊介氏との対談)はまさにこのテーマのためのものと言ってもいい。
池谷先生は弱冠34歳でかの有名な「サイエンス」に論文の掲載を果たした最前線の脳科学者である。特に海馬に関する研究は高く評価されている。しかし何と言っても本書で彼について論じたいのは、彼はまさに私が「揺らぎスト」と呼びたい脳科学者だからだ。そして池谷先生の揺らぎストぶりは半端ない。彼は脳を揺らぎの観点から捉えている脳科学者である。彼は脳の活動の本質は、サイエンスの再現性ではとらえられない揺らぎであるという。この言葉は深淵である。
では脳細胞はアイドリング状態で何をやっているのだろうか。それは脳細胞が、そうすることで常に自分自身を書き換えているということなのである。これを脳細胞の「活動依存性」という。すなわち自分の活動により自分自身を変える作業を行っているのだ。
この説明のために脳細胞のつながりの仕組みを少し説明しよう。脳細胞はきわめて多くが集まり、それぞれがネットワークを形成している。そしてそのネットワークは可塑的、すなわちその結びつきが太くなったり細くなったりする。例えば上の図であれば、最初は特にお互いの結びつきの間に差はなかった神経細胞のネットワーク (左) が、経験を通じていくつかの特別な結びつきを形成していく(右) 。この神経細胞の結びつきはシナプス、と呼ばれているが、自分自身を変える、とは具体的にはシナプスの重みを強くしたり弱くしたりしているのだ。各神経細胞は他の沢山の神経細胞と手をつないでいるわけであるが、シナプスとは別の細胞との信号の伝達の連絡路である。シナプスが増えれば連絡しやすくなり、それが減少すればしにくくなるわけである。
この活動依存性というのをたとえ話で説明しよう。子供が元気にはしゃぎまわる。そして知らぬ間に筋肉を動かし、視覚、聴覚活動を行う。するとたとえば筋肉はそれにより使った分だけタンパク質を合成することで筋繊維が太くなっていくし、聴覚的な情報が蓄積されていく。これらが「活動依存的」な例としてわかりやすいだろう。逆に老人が起き上がれなくなり、筋肉を使わなくなると、自然と筋繊維は痩せていくことになる。使わなければそのまま、というわけにはいかない。使わないという意味でのマイナスの活動が、やはり筋繊維の太さに影響してくる。
神経細胞はほっておいても自発的に信号を生み出しているが、それにより他の神経細胞との連絡を行い、それにより連絡路のシナプスの強度を強めたり弱めたりする。神経細胞には、別の神経細胞と同時に興奮した時にはその細胞との間のシナプスを強くするという働き(いわゆるHebb )というのがある一方では、使わないシナプスはだんだん痩せていく運命にある。寝たきり老人と同じだ。こうして神経細胞はほっておいても活動を続けるわけだ。