2019年9月20日金曜日

発達障害とパーソナリティ障害の微妙な関係 1

ASD(自閉スペクトラム障害)とパーソナリティ障害の関係は微妙だ。特に軽症のASDがなかなか理解されていない。その現れ方が微妙なためにそうと認識されにくい状態を最近の呼び方にならい「BA(ボーダーラインオーティズム)と呼んで置こう。これはASD(自閉症スペクトラム障害)の継承型、ととりあえず理解することができる。
私が注意を喚起したいのは、このBA の状態が、臨床上大きな混乱を伴いやすいという点だ。なぜなら顕著なレベルでの障害を持たないものとして扱われることで、かえってその問題が際立ってしまうという例が多くあるからだ。それはちょうど知的能力がボーダーライン(IQ7085)にある人が普通級で苦労するのに似ている。「明らかな知的問題はない」となれば、成績が振るわないのは本人の努力不足、甘え、あるいは性格のため、という事になり、叱責や指導の対象にさえなりかねない。同様にBA も意図的に人間関係を難しくしていると「誤解」されたりパーソナリティの問題とされたりして当人への風当たりはそれだけ厳しいものとなる。つまりその問題の存在が明らかなASD に比較して、BA は、それを有することで、それとは真逆の見立てや対処の対象となりうる、という皮肉な現実があるのだ。その意味ではこの報告者の記述に見られるような「発達障害というよりはパーソナリティの問題」という理解には、それを用いる側も聞く側もよくよく注意すべきである。それが用いられたとたん、上の皮肉な現実を生み出してしまう可能性があるからだ。
ここで少し概念の整理が必要だろう。パーソナリティ傾向とASDないしBA とはどこが違うのだろうか? 自閉症スペクトラムの特徴は様々に記されているが、なるべくDSM-5 の言葉を用いるならば、他者との自然な情緒的関係の持ちにくさ、文脈に沿った行動を取れないことなどであり、ようするに「空気を読めない」ということだ。これを「他者の情緒を感じ取れない」という問題としておこう。どうしてこれが対人関係上の問題となるのだろうか? 私の臨床体験からは、それが自然な対人交流を妨げるだけではなく、結果としてASD を有する当人の被害念慮を生むことが大きな原因となっていると考える。彼らは他人との確執が生じた時に、自分の変わった面がどのような感情を起こしているかを実感として持つことが出来ない。その原因を求める努力は「相手は自分に悪意を持っている」という結論に至りやすいらしい。「自分は正しいのに、相手が判ってくれない」となるわけだ。