2019年5月13日月曜日

黒幕さんの形成過程 ①



「黒幕人格」がどのように形成されるのか? 

本文の中で黒幕人格について論じた際に、あまり明確な形で論じていなかったのが、いったいそのような現象がどうして生じるのか、ということでした。もちろん脳の中に人格が宿るという現象そのものが、極めて不思議なことです。例えば夢に誰かが出てきて自分が想像もしないような行動をとることがありますが、それも人格が脳に宿った状態といえ、これも考えてみれば不思議な現象です。本来私たちの脳で起きていることは考え出すと不思議なことばかりで分からないことだらけなのです。
黒幕人格がどのように形成されるかも、詳しいことが分からない以上はある種の想像を働かせるしかありませんが、それによりいくつかの仮説のようなものが生まれます。そしてそれを仮説は仮説なりに頭の隅に置いておくことで、臨床的な理解が深まるかもしれません。そもそもそれらの仮説は、臨床で出会う様々な現象や逸話をもとに、それらをうまく説明するように作り上げられたものなのです。

攻撃者への同一化
 「黒幕人格」に出会うことで一つ確かになることがあります。それは人格は基本的には「本人」とは異なる存在だということです。ここで言う「本人」とは、いわゆる主人格や基本人格など、その人としてふるまっている人格のことです。「黒幕人格」以外の、基本的には自分たちを大切にしている人格たちという意味だと考えてください。「本人」は自分がしたいことをし、身に危険が迫ればそれを回避するでしょう。しかし「黒幕さん」(ここからはこう呼びましょう)は大抵は「本人」に無頓着な様子を示します。そして多くは「本人」達の生活を破壊し、その体に傷をつけるような振る舞いをします。「黒幕さん」が去った後は、「本人」は何か嵐のような出来事が起きたらしいこと、それにより多くのものを失ってしまった可能性があること、そして周囲の多くの人は自分がその責任を取るべきだと考えていることを知ります。それは「黒幕さん」の行動の多くが攻撃性、破壊性を伴うからです。ただし彼らのことを深く知ると、その背後には悲しみや恨みの感情が隠されている場合があることを、「本人」も周囲も知るようになるのです。いったいなぜ「本人」が困ったり悲しんだりするような行動を「黒幕さん」たちはしてしまうのでしょうか? 彼らが示す怒りとはどこから来るのでしょうか。
この「黒幕人格」がどのように成立するかに関して、仮説として、「攻撃者との同一化」というプロセスが論じられる場合があります13)。「攻撃者との同一化」とは、もともとは精神分析の概念ですが、児童虐待などで起こる現象を表すときにも用いられる用語です。攻撃者から与えられる恐怖の体験に対し、限界を超え、対処不能なとき、被害者は無力感や絶望感に陥ります。そして、攻撃者の意図や行動を読み取って、それを自分の中に取り入れ、同一化することによって、攻撃者を外部にいる怖いものでなくす、というわけです。
この攻撃者との同一化という考えは、フロイトの時代に彼の親友でもあった分析家サンドール・フェレンツィが提唱したものですが、それ以来トラウマや解離の世界では広く知られるようになっています。

Ferenczi の理論の先駆性を示す概念の一つに、「攻撃者との同一化」があります。この概念は、一般には Anna Freud1936) が提出したと理解されることが多いのです。彼女の「自我と防衛機制」(AFreud1936)に防衛の機制一つとして記載されている同概念は、「攻撃者の衣を借りることで、その性質を帯び、それを真似することで、子供は脅かされている人から、脅かす人に変身する。(p. 113).」と説明されています。しかしこれはかなり誤解を招き、そもそも Ferenczi の考えとは大きく異なったものです。フェレンチは「子供が攻撃者になり替わる」とは言っていないのです。彼が描いているのはむしろ、一瞬にして攻撃者に心を乗っ取られてしまうことなのです。
 Ferenczi がこの概念を提出した「大人と子供の言葉の混乱」を少し追ってみよう。
 「彼らの最初の衝動はこうでしょう。拒絶、憎しみ、嫌悪、精一杯の防衛。『ちがう、違う、欲しいのはこれではない、激しすぎる、苦しい』といったたぐいのものが直後の反応でしょう。恐ろしい不安によって麻痺していなければ、です。子どもは、身体的にも道徳的にも絶望を感じ、彼らの人格は、せめて思考のなかで抵抗するにも十分な堅固さをまだ持ち合わせていないので、大人の圧倒する力と権威が彼らを沈黙させ感覚を奪ってしまいます。ところが同じ不安がある頂点にまで達すると、攻撃者の意思に服従させ、攻撃者のあらゆる欲望の動きを汲み取り、それに従わせ、自らを忘れ去って攻撃者に完全に同一化させます。同一化によって、いわば攻撃者の取り入れによって、攻撃者は外的現実としては消えてしまい、心の外部ではなく内部に位置づけられます。」(p.144-145)

このようにトラウマの犠牲になった子供はむしろそれに服従し、自らの意思を攻撃者のそれに同一化する。そしてそれは犠牲者の人格形成や精神病理に重大な影響を及ぼすことになる。Ferenczi はこの機制を特に解離の機制に限定して述べたわけではないが、多重人格を示す症例の場合に、この攻撃者との同一化が、彼らが攻撃的ないしは自虐的な人格部分を形成する上での主要なメカニズムとする立場もある(岡野、2015
例えば見れば、父親に「お前はどうしようもないやつだ!」と怒鳴られ、叩かれているときのこともは、「そうだ、自分はどうしようもないやつだ、叩かれるのは当たり前のことだ」
このプロセスはあたかも父親の人格が入り込んで、交代人格を形成しているかのようでしょう。もちろんすべての人にこのようなことが起きるわけではありませんが、ごく一部の解離の傾向の高い人には生じる可能性があります。