一番のストレンジアトラクターとしての恋愛体験
恋愛対象ほど典型的なアトラクターは考えられないであろう。そしてもちろんこれは人に限ったことではない。生殖活動を営む動物一般に言えることだ。しかしなぜ生物はこのようなアトラクターを有するのか、という疑問を持つことにはあまり意味がない。そのようなアトラクターを有する個体が種を保存してきて現在に至っているのだ。そのような意味では現在存在している生命体はことごとく「色好み」の遺伝子を有しているのである。私たち(と言っても動物代表として、である)はおそらく異性をアトラクターとして選択し、一定の行動を取るようなプログラムを備えていて、それにしたがって生殖活動を行っていく。ただし異性がアトラクター(惹きつける人)というだけでなく、その行動そのものがアトラクターなのだ。一連の生殖行動を行うとき、動物は普段とはまったく異なる振る舞いをする。普段は近づかない異性に接近し、普段は取らない行動を起こし、それが最終的に遂行されるまでは一心不乱にそれを行い続ける。いったい何がそのような特定の、普段とはかけ離れた行動へと誘うのだろうか?
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの研究者 Semir Zeki 先生は、人が好きになった相手のことを考えているとき、脳でどのようなことが生じているかを調べたが、その研究結果が興味深い。大脳皮質の前頭葉は人間が判断(行動選択)を行う重要な部分だが、MRIスキャンの結果、人は夢中になっている相手の写真を見せられた時、前頭葉が抑制され、批判や疑いといった心の機能がストップすると伝えている。また恐れを感じる扁桃核も抑制され、その代わりに快感を生み出す報酬系が活性化される。つまり生殖行動というアトラクターにハマっている最中は、それが心地よさを与え、それが危険であるという可能性を考えないような脳のメカニズムがはたらいているのだ。そしてその間実に巧妙にプログラムをされた行動に従った行為が行われる。それは誰に教わることもなく身についている行動なのだ。
ところでこの見事なアトラクターの例を紹介したい。ナタリー・アンジェ著、相原真理子訳「嫌われものほど美しい-ゴキブリから寄生虫まで―」草思社、1998年)から引用しよう。
オスは櫛状突起によって、求愛ダンスの重要な小道具、つまり精子の入った袋である精包を置くための棒を見つける。ダンスをしながらオスはメスを棒のところまで引きずっていき、精包を排出し、メスの体を棒の上に置く。やがてメスは自分の櫛状突起の間にある生殖口を開き、精包を体内に取り込む。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの研究者 Semir Zeki 先生は、人が好きになった相手のことを考えているとき、脳でどのようなことが生じているかを調べたが、その研究結果が興味深い。大脳皮質の前頭葉は人間が判断(行動選択)を行う重要な部分だが、MRIスキャンの結果、人は夢中になっている相手の写真を見せられた時、前頭葉が抑制され、批判や疑いといった心の機能がストップすると伝えている。また恐れを感じる扁桃核も抑制され、その代わりに快感を生み出す報酬系が活性化される。つまり生殖行動というアトラクターにハマっている最中は、それが心地よさを与え、それが危険であるという可能性を考えないような脳のメカニズムがはたらいているのだ。そしてその間実に巧妙にプログラムをされた行動に従った行為が行われる。それは誰に教わることもなく身についている行動なのだ。
ところでこの見事なアトラクターの例を紹介したい。ナタリー・アンジェ著、相原真理子訳「嫌われものほど美しい-ゴキブリから寄生虫まで―」草思社、1998年)から引用しよう。
交尾を終えたメスはクライマックスのあとのスナックを求めてオスを攻撃しようとする。オスは櫛状突起が出す科学的なシグナルによってそのことを察知し、すばやくメスから離れて逃げ出す。だた10~20パーセントのオスは逃げ送れてメスに食べられてしまう。
何と手の込んだアトラクターなのだろう。