2019年2月17日日曜日

複雑系 8


そこで今度は最新のDSM-5 を紐解くと・・・・、なんと「心因性」という言葉はもう出てこない。この用語は使わないと言う申し合わせがあったかのようだ。何しろ英語の索引にもpsychogenic は姿を表さないのだ。ただし900ページもある分厚いDSM-5に二箇所だけ出てくるのを発見した。403ページに「心因性てんかん」という表現、715ページに「睡眠関連心因性解離症」というわけのわからない表現がでてくる。おそらく紛れ込んだのだろう。
おそらく心因という言葉をもう使わないような流れが起きている。それを思わせる記述が、305ページにあった。「これまでの診断では、いわゆる身体表現性障害において、症状が医学的に説明でいない」ことを強調しすぎていた。でも問題は症状に比べてこだわりが強いことなのだ。何しろ医学的に症状が説明できるかどうか、というのはとても難しい議論なのだから。」つまり医学的に症状が説明できるかどうかはもはや誰も自信を持って主張することができない、ということを認めているわけである。ここで面白いのは、身体症状症は、まず症状があって、それが誇張されて体験されると言うことだ。だからこれは心因性、というのと逆と言うことになる。むしろ心因性と昔呼ばれていたものの最たるものは、いわゆる「転換性障害」である。これについては、多くの臨床家が心因性、機能性という言葉を使っている、と認めている。そしてこの転換性、という言葉を残しておくが、正式な言い方も付け加えている。それが機能性神経症状症 functional neurological symptom disorder 言い換えれば、神経症状を呈しているが機能的なものであるような障害。ここで機能的functional という言葉を使っているのがニクイ。うまい言い方をしたものだ。これはつまり「器質的でないよ」とやんわり言っているのだ。コンピューターの用語では、ハードウェアじゃなくてソフトの問題だよ、と言っているのである。でもこれはよく考えれば「心因性」ということとあまり代わらない。ただ違うとすれば、「心のせい」と言っていないことだ。もうちょっと言い換えると、意図的、ワザと、というわけではないよ、ということを言いたくてこのように書いているわけである。そう、これが現在のDSMの心因論なのだ。
こんな風に言い換えよう。医学が進むとともに、これまでの神経症症状の多くに脳科学的な異常が見つかっている。何しろMRIなどに現れてしまうのだ。強迫症状だって尾状核を含むサーキットのオーバーヒーティングが確認されて、SSRIが有効だとすると、やはり脳の異常と言うしかない。パニック発作しかり。ということは本当に心因性の、と呼ばれうるものは、転換性障害くらいしか残っていない。あとは虚偽性障害(いわゆるミュンヒハウゼン病)だが、こちらはあからさまにワザと症状が形成されているので、むしろ心因性、とすら呼べないのかもしれない。そして転換性はフロイトが考えたように、無意識的な葛藤が症状に表れたという考えに基づく命名だが、これも詐病を疑っているようなところがありよろしくない。そこでもっと客観的な呼び名を考えた。それが症状は神経障害的(つまり末梢神経の障害により起きるような症状)なのに、器質的な問題が見当たらないもの、という言い方をしているわけだ。でもこれは実はむかしからある「内因性」の定義そっくりではないか。つまり現代の精神医学は、内因性の概念をこの「機能的な神経症状症」に残したまま消えていくプロセスにあると言うことか? 何しろ他の神経症はMRIで「見えて」しまっているから、古い定義の「内因性」とは言えず、むしろ「器質性」に近くなってしまうからだ。あー、わからなくなってきた。でもこうやって考えていくとアタリマエだと思っていたことがわからなくなっていくのが面白いのである。