2019年2月26日火曜日

解離の心理療法 推敲 21

第5章 家族への対応と連携
1.はじめに

 第1章でも述べたように、DIDの患者さんの症状に気づいた家族が動くことで治療が始まる場合が少なくありません。交代人格の行動により患者さんの生活には多様な問題が生まれますが、それにより家族の日常も大きな影響を受けることがあります。ただし家族の中には、人格交代の現場に居合わせても、それを見過ごしたり、それが演技であるのではないかという疑いを抱いたりすることも少なくありません。
 患者さんの身近に暮らす家族が解離の症状を見過ごすのにはいくつかの理由があります。一つには交代人格がそもそもその家庭環境の中で生まれたという事情があります。たとえば父親との虐待的な関係で解離が生じた場合、父親の前では決して出ることのない交代人格と、父親の前でこれまでと同様に姿を現す主人格に分かれることになります。(ただしここに書いた交代人格、主人格が入れ替わったような状況もあります。)そして父親の前では出ることのない交代人格は、その虐待を理解してもらえない、あるいは見て見ぬふりをする母親の前でも姿を見せることができずに潜伏することになります。こうしてその患者さんの家庭は、一定の感情や振る舞いしか許されないような、強固な枠組みが出来てしまい、その中で交代人格たちは外へ出ることを許されずにいる状態といえるでしょう。そして時々別人格が漏れ出し、姿を垣間見させるとしても、その両親により即座に否認され、否定される運命にあるでしょう。
 さらに両親にとって自分の子供にもう一つの人格があると言う事実は、多くの場合まったく受け入れられない考えであるという事情も考えなくてはなりません。一人の人に複数の人格が存在するということは、通常私たちが持つ常識をはるかに超えています。そのような現象が起きうることを、DIDの臨床に携わっている人々は受け入れていますが、一般の人々にとってはまだまだ想像できないのが普通です。ましてや患者さんの家族の場合には、それを受け入れることはさらに難しくなる可能性があります。DIDという病気の存在を一般的な知識としては知っていても、まさか自分の子供にそれが生じていると認めることは難しいということは容易におきます。
 DIDの患者さん自身も、治療が進み交代人格の存在が確認されてからも、「自分の思い込みではないか」「自分は回りの人を騙しているのではないか」と考え、しばしば病識そのものが揺れ動くことがあります。「自分は病気ではないのでは」と思い込み、治療の必要性を見失うこともあります。自分自身を信じきれず、自己喪失に陥りやすいのが解離性障害の特徴ともいえます。自らの実感への信頼が乏しく、対人不信のみならず自己不信ともいえる状態にあるのです。したがって患者さんの身近にいる家族や支援者に対しては、心理教育的な関わりを通してDIDという障害への受け入れを進め、トラウマへの理解をもってもらい、症状の悪化をできる限り防ぐような協力体制を作り出すことが求められます。ただしご両親自身が虐待に関与している場合には、これは非常に難しい作業と言えます。