2019年2月15日金曜日

解離の心理療法 推敲 12, 複雑系 7


人格交代したエイタさん(30代男性、会社員)

(中略)

DIDの交代人格には、大きく分けて「トラウマ記憶から自身を守るために誕生したと思われるもの」と、「主人格が発揮できない機能を補うために出現したと思われるもの」の二種類があります。前者の年齢は当時のそれと一致することが多く、トラウマ体験の前後に生まれたと推測されます。例えばある交代人格は、性被害にあった時の年齢で当時の情景を克明に覚えていました。
トラウマ記憶をもつ人格が現れて恐怖を訴え混乱に陥った時には、安全と信頼の感覚を取り戻すための介入が求められます。感情的になったり、泣き叫んだり、自傷等の行動化を起こしそうになった場合には、クールダウンや制止のための言葉をかけます。患者さんはトラウマの渦中の体験を「こんなことがあって辛かった」というようにまとまった概念や思考として心に収めることができず、恐怖、痛み、嫌悪、不快などの感覚と説明できない情動に圧倒されて苦しみます。彼らの生々しい情緒体験を治療者が言葉に換えて伝え、外傷的事態とつなげた理解を示し、体験の再構成を促します。この過程を通して安全な現実との連続性を取り戻した時に、彼らは我に返ることができます。こうした対応を繰り返すことで、トラウマ記憶の体験が過去のものとして次第に心に収まっていくと考えられます。

不安発作を繰り返すユナさん(10代女性、学生)

(中略)

このセッションを通して、両親の言い争いの原因が自分にあるとユナさんが感じていたことが明らかになりました。後の面接で治療者がユナさんの自責感を取り上げると、親の諍いに怯えて過ごした日々の記憶が蘇りました。忘れられていた恐怖感について時間をかけて話し合うと、電車内での発作は消失しました。

4-2.交代人格の取り扱い

交代人格には様々な類型があることが知られています(Putnam,1989)。交代人格について語ることは、そもそもDID全体について語ることにもつながります。交代人格にどのように出会い、いかに応対していくかは、そもそもDIDをいかに治療するか、ということでもあるのです。そこで本書ではいろいろな場面で様々な交代人格について触れていきます。
交代人格の中でも特に注意が必要なのが、攻撃性の高い人格です。DIDの主人格の一般的な特徴としては、自己主張が控えめで相手に合わせる傾向があるという点についてはすでに述べました。それに比べて攻撃的な人格は、まるで人が変わったように荒々しくふるまう可能性があります。つまり攻撃的な人格は「主人格が発揮できない機能を補うために出現した人格」に近いと考えることができるのです。彼らの攻撃が主人格に向かえば自傷的な人格に、そしてそれとは反対に他者に向けられれば、暴言や暴力など他害的性質をもつ人格となります。(このような交代人格の詳細については、7章の「黒幕人格について」を参照してください。)
交代人格について論じる際になぜ攻撃的な人格に最初に触れるかと言えば、これらの人格を一方的に批判し排除しようとすれば、治療の中断や事態の悪化を招くことになるからです。攻撃を繰り返す人格への対応には様々な工夫が必要ですが、彼らと適切に関わることで治療ははじめて前進していきます。最終的には彼らの攻撃衝動を、より健全な自己主張や能動性に置き換えていくことを目指します。まずは初診の段階で攻撃的な人格はすでに耳を澄ませて治療者の対応を見ている可能性があるという覚悟を持ち、できれば最初から彼らを味方につけることを目指すことが大切です。
トラウマを抱える患者さんにとって、怒りの情動を適切に表現し、安全な感覚とともに自己の内部に保持することは重要な課題のひとつです。これらの人格にどう向き合うかは、その後の治療の方向性を大きく左右するといってよいでしょう。


複雑系 7 (心因論の続き)


 ところで米国では心因の考え方はどのように変わったかを知りたくで、1952年のDSMをまたみてみた。ここには 著名なストレス反応 Gross stress reaction という診断名がある。まあPTSDの前身のようなものだが、こんなことが書いてある。
「異常なストレスを被ると、圧倒的な恐れに対して正常な人格は確立された反応のパターンを用いることで対処する。それらは病歴や反応からの回復の可能性や、その一時的な性質に関して神経症や精神病とは異なる。すぐに十分に治療されることですぐに状態は回復するだろう。この診断は基本的に正常な人々が極度の情緒的ストレス、たとえば戦闘体験や災害(火事、地震、爆発など)を体験した場合につけられる。」
それともう一つ、もう一つは成人の状況反応 Adult situational reaction というのがあるが、実はこれも「こちらにも出てくる。健康な人が難しい状況で表面的な不適応を起こしたもの。これが直らないと精神神経章的な反応に移行する」、とある。つまりこれらの反応は正常な人の反応ということを強調している。そしてそれ以外は神経症、となるのであるが、
ではDSMにおける心因性Psychogenic はどのような理解になっているのかと言えば、こう言いかえられている。「Without clearly defined physical cause, without brain tissue impairment」。つまりすでに明らかな障害は見られないが、機能的、という意味に代わっている。でもこれってほとんど内因性と一緒ではないかと思う。つまり DSM の段階ですでに心因論は変質していたということになるが、それは本当なのだろうか?
これはこの様に考えられる。DSMに特徴なのは、ことごとく「~反応」という名前が付けられている。内因性の病気の最たるものであるはずの schizophrenia も schizophrenic reaction(分裂病反応。)つまりある意味ではすべて環境に対する反応、という巨大な心因論の世界があったわけだ。その中で脳自体に何ら変化を被っていない場合と、結果的に被っている場合、という分け方にしたというわけだろう。