2018年10月5日金曜日

解離にトラウマは必要なのか?


時々問題となるのが、解離性障害はトラウマにより引き起こされるというのはどれほど確かなことか、ということだ。私は解離性同一性障害を持つ方の多くは、幼少時に深刻なトラウマやストレスを体験している、と理解している。でも前例についてそうだとは考えていない。何らかの体験に耐えられない時に、他の人格が突然出現して元の人格に代わってその場の対処をするのが、解離性同一性障害の体験の始まりだと思う。しかし「その体験に耐えられないとき」が虐待やトラウマによらないこともある。そうなると何らかのふとしたきっかけで生じる場合もある、としか言いようもない。それほど解離に関しては不明な点が多い。
昔コックリさんという遊びが中学生の間ではやったことがある。ウィキペディアには次のように説明があった。コックリさんとは霊を呼び出す行為とされ、そのため「狐狗狸さん」の字が当てられる。の上に様々な文字や印を描いた紙を置き、その紙の上に硬貨を置いて参加者たちの人差し指を添えていく。全員が力を抜いて「コックリさん、コックリさん、おいでください。」と呼びかけると硬貨が動く。」 これを行うと時々実際に「狐が付いて」しまったということがあったという。しかしこの場合は特にトラウマは起きているわけではない。しかしあるきっかけでその人の中にキツネという心が生じる。これは解離性同一性障害と仕組みとしては同じであり、そのために最近ではいわゆる憑依体験(つきもの)DIDと診断するようになっているほどである。そう、その人の心に別の心が芽生えるにはある種のきっかけがあるらしく、その中で比較的多くを占めるのがトラウマというわけである。私はトキンさんの幼少時のことを詳しく知らないから、トラウマがあったかどうかを詮索することはできない。しかしDIDの患者さんを持つ親御さんの仲には、自分たちが病気の原因ではないかと深刻に悩むケースも少なくないので、ここの部分はコメントしておかなくてはならない。