2018年5月2日水曜日

精神分析新時代 推敲 69


新しい心の概念としての「新無意識」

ここで非線形的な心のあり方を反映するようなモデルをご紹介したい。実は非線形的な心の在り方は、私たちの心の持つごく基本的な性質であり、それ自体が心の構造を指し示すものではない。100年以上前にニューロンを発見したフロイトが、そのニューロンには二種類ある(φ、ψニューロン)という仮説を設けたわけであるが、それが彼の有名な意識、無意識、あるいは超自我、自我、エスといった心の図式へとつながったわけではなかった。後者は彼が独自に考え出した心の構造の仮説であった。それと同じように、心の在り方が非線形である、という基本的な性質から心の構造を具体的に構築することは出来ない。しかしその心の在り方はおそらくフロイトが考えたものとはかなり異なるものになるのである。幸いそのような心を「新無意識new unconscious」という概念を用いて説明する試みがある。そこでこの概念について説明したい。
すでに本章で触れたことだが、精神分析に限らず、心理療法一般では、療法家はいろいろなことに因果論を持ち出す傾向にある。「あなたのこの症状にはこういう意味がある」、「あなたの過去はあなたの今のこういう行動に反映している」のような意味づけをするということがすごく多いのだ。漠然とした因果論や、根拠が不十分な象徴的な意味づけは、精神科医でも心理士でもある程度は避けられないであろう。この因果論に基づいた思考には長い伝統があり、脳科学の知見とはなかなか融合しないという事情がある。精神医学においては薬を使うために脳科学的なことは十分わかっていなくてはいけないのであるが、医師はなかなか勉強する余裕がないという事情がある。他方では臨床の場面での患者さんの振る舞い、言動というのはいわば生ものであり、常に予測不可能である。そこでそのような患者さんを扱うために、とりあえずは因果論、理由づけに頼ってしまうわけだ。
 ちなみに「新無意識」は私の造語ではない。れっきとした著書が出版されている。(Bargh (Eds.) The New Unconscious.  Oxford Press.) これを紐解けばわかるとおり、たくさんの論者が、最新の脳科学に依拠した様々な議論を持ち出し、結局「新無意識」そのものについて書いている人はいない。そこで私なりにその新無意識の輪郭だけでもお示しできるように試みたい。