はじめに
本書は解離性障害、特に解離性同一性障害の問題を抱えた方との臨床経験を多く持つ私たちがそこで得られた経験を持ち寄り、本に著したものです。主に読んでいただきたいのは、心理士や精神科医の先生方です。私たちの印象では、解離性障害はまだまだその実態が人々に理解されていません。そしてそれは臨床に携わる人々の間にとってもいえるのです。それどころか解離性障害について誤った考えを持つ臨床家も少なくないようです。そこでこれから解離性障害の患者さんに出会ったり、すでに実際に出会った患者さんとこれからどのように治療を進めていくかに思案なさっている方々にとって、本書が何らかの意味で参考になることを願っています。
ただし本書の対象は、治療者の方々ばかりではありません。解離性障害を家族として持つ方々、あるいは実際に自分がそれを有しているのではないかと懸念されている方々、あるいはいわゆる当事者の方々自身にとっても読む価値のある書として書かれています。
もちろん患者さん自身が解離性障害についての本を読むことには異論があり得ます。患者さんがよけいな知識を身に着けて、「解離性障害を装うことになったら困るのではないか?」という懸念は精神科医の間からも聞こえてきそうです。しかし私達が一貫して持っているのは、誤った知識を持つ弊害こそが一番の問題であるという考えです。解離性障害は非常に多くの誤解を招きやすく、それは歴史的にもそうでしたし、現在の日本社会にも言えます。治療者の間でも誤解が多い解離性障害障害の当事者としては、より正しい知識を自らが得る機会が与えられることの価値は少なくないと思います。また解離性障害はそれを精神科医から「宣告」されてしまうことで人生に悲観的になるような障害ではありません。解離性「障害」というふうにある種の病気という呼ばれ方をされていますが、解離とはその人の脳の働きのひとつの特徴であり、基本的には誰でも有している機能です。ただそれが極端な形で機能し、生活に支障をきたしているのが、解離性障害と呼ばれるものです。ですからその性質を理解し、それをある意味では逆に制御して用いていることで人生を生きやすくするのが治療のひとつの目的です。そのためにも解離に伴う心の動きは、当人がそれを深く知ることが回復への道筋になっているのです。・・・・・