2018年3月18日日曜日

解離の本 9


◆第2章 解離を生むのはトラウマか?

1. はじめに
解離性障害を理解する上で、トラウマというテーマを切り離すことはできません。アメリカの最新の診断基準である DSM-5 には、「心的外傷およびストレス因関連症群」というカテゴリーがありますが、解離性障害はの中には含まれていません。しかしその発症に幼少期を中心とした何らかのトラウマが関連している場合が多いと考える点では、多くの臨床家の意見が一致しています。代表的な症状である健忘や人格のスイッチングは、トラウマ記憶の再現やフラッシュバックがきっかけで生じます。発症あるいは症状の悪化した時期の前後の状況を丁寧に聞き取っていくと、トリガーとなった出来事が見つかり、そこにはトラウマ体験があると推測されることが多くあります。
ただし解離症状の発症は、明らかなトラウマに遭遇しなくても、心を許せる友人や恋人が出来たことを切っ掛けに、言わばそれまで人格たちをまとめていた枠が外される形で現れる場合もあります。また幼少時の生活史を尋ねても、明白なトラウマが見当たらない場合もありますので、「解離の陰には必ずトラウマあり」と決めつけるわけにもいかないことはここでお断りをしておきます。ただしおそらく明らかであろうということは、解離は幼少時に心にとってある種の緊急事態が生じ、心が普段とは別の対処の仕方をしなくてはならなかったという事情を示しているということです。そして以下に述べるトラウマは、その緊急事態に該当する主要なものだということです。
 ここでは解離性障害に特徴的なトラウマについて取り上げ、治療での扱い方について解説します。
天災、事故、事件に遭遇した影響などを含め、トラウマ的事態は多岐にわたりますが、解離性障害との関連が深いのは対人関係がもたらすトラウマです。代表的なものとしては虐待を受けた体験がよく知られていますが、日本に特徴的な解離性障害の要因として、岡野(20072011)は関係性のストレスrelational stress」という概念を提唱しています。親子関係におけるミスコミュニケーションが引き起こす子どもの側の「自己表現の抑制」が、解離性障害の発症に関与しているというものです。

2-1.関係性のトラウマ
親から子どもへの愛情が基盤にありながらも、親自身の抱えるストレスや心理的課題と子ども側の要因が重なり、トラウマ的事態を作り出していることがあります。家族の生活状況による親の側のストレスの増加により、子育てにゆとりが持てず必要以上に厳しい態度を取り、無意識に子どもを攻撃してしまう場合などがそれにあたります。
解離障害の患者さんの多くは、そうした親の苦しみを早い時期から察知し、親をケアするような行動を身に着けています。親の一番の理解者として話を聞き、その期待に応えるべく努力してきた人もいます。患者さんは周囲の状況をよく観察し、自分が何をすべきかを察する能力を備えているものの、自己主張や自己表現がうまくできないため、いわゆる過剰適応に陥りやすい傾向があります。多くの場合、親の側は子どもが「自分を殺して」いることに、気づいていません。過剰適応の結果として、親の期待に適応する人格が誕生すれば、一層それは見えにくくなります。患者さん自らも自分を抑えていると自覚していないこともあります。解離性障害の人は、自己と他者の心理的境界boundary が脆弱であるために、相手の考えや感情を自分自身のものとして体験しやすいという傾向をもっているからです。
治療ではこのような親子の関係性がトラウマとして作用してきた現状を、患者さん自身が実感をもって認める必要があります。この問題を家族にどう伝え、対処すべきかの問題については、第5章で詳しく述べます。