2018年3月23日金曜日

解離の本 12


●×さん

(省略)

この例にみられるように、母親の希望を叶えることで母親の愛情や関心を繋ぎ止めることを余儀なくされる子供は、同時にきわめて孤独な存在ともなります。この様に孤独で気持ちを伝える相手のいない生活は、心の中に別の存在が生まれるきっかけともなるのです。子供が孤独を癒すときに、自然と心の中に話し相手を作り上げることはよくあります。しかしそこに解離傾向の強さが加わると、それらの話し相手は実際の個別の人格となっていくのです。

  
2-4.子どもの自我境界の曖昧さ

解離性障害の発症の背景として、患者さんがもつ自我境界の脆弱さがあります。自我境界とは分かりやすく言えば、自分の感情や考えと、他人のそれらを区別する力や機能を意味します。自我境界は、それが普通の養育を受けて健全に育つ場合には、自分でそれを意識することなく、自然に備わるのですが、その養育の中でもきわめて大切なのが、親と子供の間の情緒(感情)のやり取り、交流です。
子どもの情緒発達においては、乳幼時期からの未分化な情緒の表出をその都度親が受け止め、それに相応しい態度と言葉による返しを通した交流が欠かせません。親の反応が子どもの体験に沿ったものであれば、子どもは自らの情緒の意味を理解し、それらを表現する喜びと安心を得ることで心のまとまりを形成していきます。ところが解離を持つ患者さんの親子関係には、具体的なトラウマが体験される以前から、情緒交流の障害が潜在していることが多いものです。患者さんが表現する情緒と親かが返ってくる情緒に行き違いが生じたり、ある情緒の表出についてはことさら無視されたり、親の怒りを誘発するなどの事情で、情緒面を中心とした心理面の発達が充分でないことが少なくありません。
情緒を自分のものとして受け止め理解する機能が弱ければ、目の前の相手が強い情動を向けてきた時に圧倒され、自身の感情を見失いやすくなります。それが頻回に起きれば自他の感情の差異を認識できなくなり、相手の感情を自分自身のそれと思い込むようになるのです。
このような自我境界の脆弱さゆえに、患者さんはそもそもトラウマ的事態による心理破綻を起こしやすい状態にあったと考えられます。親子の情緒的交流に起因する心理的基盤の脆弱さの上にトラウマを引き起こすような事態が重なることで、解離症状が発生するのではないかと推測されます。