2018年1月24日水曜日

愛着理論と発生論 やり直し 9

3.Allan Schore の提唱する新しい愛着理論

精神分析における愛着理論をその高みにまで進めた人として Allan Schoreの名を挙げたい。Schore は愛着と分析理論と脳科学的な知見の融合を図る (2011)。早期の母子関係は現在は脳科学的な研究の対象ともなっているのだ。早期の母子間では極めて活発な情緒的な交流が行なわれ、両者の情動的な同調が起きる。そしてそこで体験された音や匂いや感情などの記憶が、右脳に極端に偏る形で貯蔵されているという。愛着が生じる生後の2年間は、脳の量が特に大きくなる時期であるが、右の脳の容積は左より優位に大きいという事実もその証左となっている (Matsuzawa, et al. 2001)。このように言語を獲得する以前に発達する右脳は、幼児の思考や情動の基本的なあり方を提供することになり、いわば人の心の基底をなすものという意味で、Schoreは人間の右脳が精神分析的な無意識の機能を事実上つかさどっているのだと主張する。
 右脳はそれ以外にも重要な役割を果たす。それは共感を体験することである。その共感の機能を中心的につかさどるのが、右脳の眼窩前頭部である。この部分は倫理的、道徳的な行動にも関連し、他人がどのような感情を持ち、どのように痛みを感じているかについての査定を行う部位であるという。脳のこの部分が破壊されると、人は反社会的な行動を平気でするようになる。その意味で眼窩前頭部は超自我的な要素を持っているというのがSchoreの考えである。
 さらには眼窩前頭部は心に生じていることと現実との照合を行う上でも決定的な役割を持つ。これは自分が今考えていることが、現実にマッチしているのかを判断するという能力であるが、これと道徳的な関心という超自我的な要素と実は深く関連している。外界からの入力と内的な空想とのすり合わせという非常に高次な自我、超自我機能を担っているのも眼窩前頭部なのである。
 Schore の愛着理論の中でも注目すべきなのは、「愛着トラウマ」(Schore, 2002)という概念である。愛着関係は、それが障害された場合に、具体的な生理学的機序を介して乳児の心に深刻な問題を及ぼす。それは母親に感情の調節をしてもらえないことで乳児の交感神経系の持続的な興奮状態が引き起こされることによる。そして心臓の鼓動や血圧の上昇や発汗などに対する二次的な反応として、今度は副交感神経の興奮が起きる。すると今度は逆に鼓動や血圧は低下し、ちょうど疑死のような状態になるが、この時特に興奮しているのが迷走神経系の中でも背側迷走神経(Porges, 2001)と呼ばれる部分である。そしてSchore はこの状態として解離現象を理解する。そしてこれがAinsworthのいわゆるタイプDの愛着に対応するのである。
 SSにおいては、このタイプDの子供は非常に興味深い反応を見せることが知られる。タイプA, B, Cの場合は、子供は親にしがみついたり、怒ったりという、比較的わかりやすいパターンを示す。しかしタイプDでは子供は混乱や失検討を示す。そしてSchore によれば、この反応は解離と同義であり、虐待を受けた子供の80パーセントにみられるパターンであるという。つまりこのタイプDのパターンを示す子供の親はしばしば虐待的であり、子供にとっては恐ろしい存在なため、子供は親に安心して接近することが出来ない。逆に親から後ずさりをしたり、他人からも距離を置いて壁に向かっていったり、ということが起きるのだ。
 このように解離性障害を、「幼児期の(性的)トラウマ」によるものとしてみるのではなく、愛着の障害としてみることのメリットは大きい。そして特定の愛着パターンが解離性障害と関係するという所見は、時には理論や予想が先行しやすい解離の議論にかなり確固とした実証的な素地を与えてくれるのだ。
 このタイプ D の愛着の概念が興味深いのは、そこで問題になっている解離様の反応は、実は母親の側にもみられるという点だ。母親は時には子供の前で恐怖の表情を示し、あたかも子供を恐れ、解離してしまうような表情を見せることがあるという。そして母親に起きた解離は、子供に恐怖反応を起こさせるアラームとなるというのだ。
 このことからSchore が提唱していることは以下の点だ。幼児は幼いころに母親を通して、その情緒反応を自分の中に取り込んでいく。それはより具体的には、母親の特に右脳の皮質辺縁系のニューロンの発火パターンが取り入れられる、ということである。ちょうど子供が母親の発する言葉やアクセントを自分の中に取り込むように、脳の発火パターンそのものをコピーする、と考えるとわかりやすいであろう。そしてこれが、ストレスへの反応が世代間伝達を受けるということなのだ。それは一種刷り込みの現象にも似て、親の右脳の皮質辺縁系の回路が子供のそれに写し込まれるようにして成立するというわけである。