2017年8月13日日曜日

第一章 精神分析の純粋主義を批判する ①

初出:「小此木先生との思い出」 小此木先生没後10周年追悼式典にて発表

精神分析とは一体なんだろうか? これほど様々な治療法がしのぎを削り、主として米国から発信される新しい治療法のセミナーが開かれるのに、精神分析のセミナーはいまだに多くの聴衆を集めている。人はそこにある種の本質的な議論を求めて集まってきているようである。真に治療的で人の心のあり方を変えるような治療手段。人の心の本質にまで迫るような方法論。精神分析はそれを一環として目指しているようである。
精神分析のセミナーに出ている主として若い心理士や精神科の先生方の表情を見ると、まるで自分の30年前の姿を見ている気がする。私も同じような情熱と期待を持って「慶応の精神分析セミナー」に応募し、受講したのだった。その当時は慶応大学医学部の助教授であった小此木啓吾先生がリーダーシップを取り、精神分析を広める運動を担っていた。彼のグループが主催する精神分析セミナーは当時の精神科医や心理士の多くの関心を集めていたのである。

本章はここから少し小此木先生の思い出話となる。私と小此木先生との出会いは、1983年からの精神分析セミナーへの参加がきっかけである。私たちのクラスは「3期生」と呼ばれた。つまりおそらくは1981年にセミナーが始まって、3年目というわけである。人数も10人程度だったと思う。藤山直樹先生、島村三重子先生、柘野雅之先生、佐伯喜和子先生といった先生方と同期である。きっかけは、その時大学の精神科で精神分析の勉強会を主催なさっていた磯田雄二郎先生に、精神分析を本格的に学びたいと相談したことである。すると先生が「それならオコさんに電話してみるよ。」と気軽に応じてくれたのだ。オコさん、とは小此木先生の愛称である。磯田先生は今でもサイコドラマの権威としてご活躍中であるが、その時の私はこう思ったものだ。「オコさんに夜中に電話を出来るなんて、なんとすごいんだろう。」と言ってもオコさんは夜中に最も活躍するというのは一種の都市伝説化していた。彼は夜中になってもお弟子さんを呼び出してスーパービジョンをしていたという。現在認知療法で有名な大野裕先生もそのようにして小此木先生に呼び出された一人であったという。