2017年7月3日月曜日

脳科学と精神療法 ②

藤井君がとうとう負けた・・・・。しかし彼が勝ち続ける、決して負けない、という幻想を持ち続けたい(私のこと)って、なんて理不尽なんだろう。 

最近の脳科学の進歩は目覚しいものがありますが、何と言っても1980年代以降、脳の活動が可視化されるようになったということが大きいのです。Functional MRIPETなどの機器ですね。とにかくリアルに脳のレベルで、患者さんの心に進行していることがわかるようになってきている。最近、皆さんも注目なさっているかもしれないんですけれども、ディープラーニングがまたまた注目を浴びるようになってきています。なにしろコンピューターで絶対に人間を追い越すことはないと思われていた囲碁の世界で、AlphaGo が世界のトッププロのイ・セドルに勝ってしまった。それを通して、じゃあディープラーニングというのは一体なんなんだろうということが我々の関心を引くようになったわけです。ディープラーニングをする AlphaGo は、囲碁のルールは教わっていない。いわばフレーム問題をバイパスしているわけです。ただこう打たれたらこう打つ、こういう手に関してはこれがベターだという情報をたくさんインプットしている。そうすると囲碁の正しい手が打てるようになる。そこに学習はない。人間も実は学習はしていないと私は思います。だって赤ちゃんは学習しないで、たくさんの情報からこういうアウトプットがあり得るということを一つ一つ学んでいくわけですから。だから我々の頭というのはディープラーニングをするものなんだというふうに考えるとわかりやすい。それでもわかりにくいですけど。しかし他方で、我々もフロイト流の考え方に従っている。私は分析家で、精神分析学会の運営委員でもありますが、精神分析の考え方の中でこれはどうかと思うものに関しては言っていくつもりもあります。
 歴史的なことにも少しだけ触れます。200年前は脳の中というのは、亡くなった方を解剖して見るということでしかわからなかった。すごいことだと思いませんか。ブローカが失語症の人の死後脳を集めて剖検した結果、前頭葉の後ろのほうに欠損があった。そこでその部位にブローカ野という名を付けて、ここが梗塞、あるいは事故などで破壊された時に失語が起きる。だからここに運動性の言語中枢が局在しているんだということがやっとわかった。大変なことだと思います。1800年までこういうことがずっとわからなかった。そして過去200年でなんと多くの知見を我々は得たのかということです。
 皆さんの中で気脳写という言葉をご存じの方はおそらく非常に少ないと思うんですけれども、私が精神科医になった1982年に、精神科のテキストを見たら、気脳写像というのが掲載されていて、脊髄から空気を入れると脳脊髄液の中を上がって行き、側脳室に空気が入っていき、それがレントゲンに映る。この一部が押しつぶされたり形がゆがんでいたりしたらそこに何かの塊があるのだろう、ということがぼんやり分かる。大変な時代ですが、その技術がいつまで存在したかはわかりませんけど、私が精神科医になった1982年にはまだ精神科の教科書にそれが載っていました。
 このスライドも同じ精神科のテキストに載っているものですが、初期のCT画像はこんなにぼんやりしている。出血している部分がようやく分かる。ところが最近はMRIで非常に鮮明に見え、それを皆さんはもう当たり前に思ってしまう。この例で分かるように、心がある働きをしている時に、脳のどこで何が起きているかということはうんとわかってきたんです。ただし、どことどこがどのようにつながっていて、どういう機能分化をしているかということになると全然わからない。全然というのは大げさかもしれないですけれども、よくわからないということは事情としてあるわけです。そこからいろいろ想像できることはあっても結局よくわからない。でも情報だけはどんどんぴったりくる、そんな時代なのです。

 このFunctional MRIの画像は、被検者が幸せに感じている時と悲しい時は脳のこんな部位が興奮していますよ、ということを示しています。幸せな時と悲しい時では興奮の場所が全然違うということは分かりますが、感情をつかさどる辺縁系以外にも、脳のいたるところに点々と興奮している部位というのは一体なんなのか。つまり、脳の中ではある一部がある機能を持っているのではなく、ある一つの感情、行動を成立させるために、脳にはいろんな部分の情報網やインプットがあるんだということがわかってきたんです。脳の機能がいかに複雑かということが我々に突き付けられているのではないでしょうか。

 ちなみに最初に断っておかないといけないのですが、私は精神科医であり、脳科学の専門家では全くないです。臨床医です。専門というと精神分析ということになってしまう。ですから私の脳科学の知識というのは非常に表層的なものです。するどい突っ込んだ質問はなるべくなさらないでいただきたい。