実際にほめられる立場になったことを想像しよう。私たちはほめられることが好きかと問えば、おそらく「ほめられることが嫌である」という人はかなりの変わり者であったり、かえって抑圧が強かったりするのではないか? ほめられたときにうれしいのは当然であろう。 そして私たちはほめられたときの喜びは決して「甘やかされた」ことの結果とは言えないであろう。私たちはほめられて多くの場合、「やはりね。そうだと思った」という反応をする。自分の仕事が過大評価された、と思うのではなく、正当に評価されたと感じるものである。ほめられたときに感じることは、それが単に心の表層での満足感を得られたものと感じるだろうか? おそらくほめられた人はそれを心のそこから受け止める。表層的だったのは多くの場合、ほめる人の側だったのである。
日常的に行われている可能性のあるかかわり、ある意味ではその存在理由や有効性が自明でありながら、様々なフクザツな感情を治療者側に生むのが、「ほめる」ことなのである。その意味ではよくぞこのテーマがこの特集に選ばれたとも思う。