統合失調症、そのほかの精神病 歴史的にはBPDは精神病と神経症の中間に位置する病理を有するものと考えられた。BPDには明白な幻覚や妄想は見られないものの、被害念慮や関係念慮を抱くことが多く、また思考につじつまの合わなさや一貫性のなさが見られることもある。それらの症状に対して少量の抗精神病薬が奏功することもある。ただしBPDは現在では精神病とは異なる病理として理解されている。
その他のパーソナリティ障害 DSMに記載されているいわゆるクラスターBのパーソナリティ障害、すなわち自己愛、演技性、反社会性パーソナリティ障害はいずれも、そこに高い情動性や他者を巻き込む傾向がBPDに類似する。自己愛人格障害の多くはその防衛がBPDに比べてより堅固で、自己破壊性や空虚感が見られないことで区別される。演技性パーソナリテイ障害もまた、操作的な言動、強い情動の表出等はBPDに類似するが、そこに空虚感や抑うつ、自己破壊性が伴うことは少ない。さらにBPDは不安定で激しい対人関係という典型的な様式によつて、依存性パーソナリテイ障害と区別することができる。さらにはBPDは、持続的な物質使用に関連して現れる衝動性や気分変動とも区別されなければならない。その場合薬物の使用時と不使用時での思考や行動の顕著な差や、薬物からの離脱後にそれらの行動を記憶しないか否か、などが鑑別の際に重要となる。
いわゆるボーダーライン反応:岡野はBPDの診断を特に有しない人においても、他者から去られたり、自分のプライドを著しく傷つけられるなどの際に相手を攻撃し、結果を顧みない行動をとることがあり、それをボーダーライン反応として概念化している。思春期に不安定なとき、飲酒が重なった時などに生じることが多いとする。
<経過>
BPDの経過はかなり多様であるが、従来考えられていたほどにはその症状は持続しない。ザナリーニらの研究(2002)によれば、BPDの患者は2年後には35%、4年後には50%、6年後には70%が寛解の条件を満たし、それらの人たちの6%しか再発がなかったと報告する。BPDの症状としては時間とともに衝動性が一番低下し、情動症状は最後まで残り、認知、対人間は中間だった。うつ、慢性的な怒り、孤独、退屈、空虚さは6年後も70%にみられたという。
Zanarini MC, Frankenburg
FR, Hennen J, Reich DB, Silk KR Prediction of the 10-year course of borderline
personality disorder. Am J Psychiatry 2006; 163:827-832
<BPDの治療>
BPDの治療は精神療法と補助的な薬物療法が用いられることが一般的である。
精神療法
BPDの力動的精神療法に関しては、治療者の受身性が退行を過度に促進したり、自由連想を促すことが思考やファンタジーの混乱を誘発したりすることが早くから知られていた。洞察を求める古典的な分析療法よりは、治療者の柔軟性がより求められる支持的療法が重んじられる。この療法では解釈や直面化はむしろ控え、患者自身の治癒力を助け、また自己価値観を高めることを目的とする。またBPDでは発達早期にトラウマを経験をしている場合が多く、それに伴う解離症状を扱う用意も必要となる。そのためマネージメントを目的とした支持的な精神療法を行うことが一般的である。 またBPDの治療においては治療者に強い逆転移感情を引き起こされることが多い。治療者は患者に対し怒りや恐怖、無力感、または好意や救済願望を抱く傾向が大きい。そこには患者が用いる投影性同一視などの機制がしばしば見られる。BPDの治療には病棟のスタッフやそのほかの医療・福祉従事者なども多くかかわることがあるが、それらの援助者がBPDの患者に感情的に巻き込まれたり操作されることも多く、それを防ぐためにも治療構造や治療契約が大きな意味を持つ。ただしそれをかたくなに守るのではなく、柔軟性を発揮しつつメリハリをつけることが重要である。
なお精神療法には様々な種類のものが提唱されている。それらは力動的精神療法以外にも、認知療法、認知行動療法(CBT)、認知分析療法(CAT)、家族療法、対人関係療法(IPT)などがある。
認知療法・認知行動療法においては、BPDの特徴的な極端な二分法的思考が、気分の変動や急激な行動の変化につながると考えられている。明確な治療目標を設定しつつ、クライエントが、二分法的思考法ではなく中間的あるいは多角的にも物事を捉える、感情や行動を自身で冷静かつ客観的に評価するなどの認知を獲得し、それに伴う適切な思考や行動が出来るようになるのが目標である。
対人関係療法(IPT)は本来はうつ病のために開発されたものだが、BPDにも応用されるようになってきている。対人関係療法では、家族や配偶者、友人など身近な人との対人関係の築き方を修正する一方では、本人の性格変容を目的とはしない。
イギリスで1999年にベイトマン、フォナギーにより開発されたメンタライゼーション療法(Mentalisation Based
Treatment - MBTは弁証法的行動療法と共に、現在最もエビデンスのある精神療法である。
また米国では1990年代に自殺行為の治療のために開発され、境界性パーソナリティ障害の治療に応用されている認知行動療法の一種である、弁証法的行動療法(DBT - Dialectical
Behavior Therapy)が知られる。この療法は主に感情調節スキルの獲得、ストレス耐性の強化、対人関係能力の向上などを目指す。またそこに組み込まれた「マインドフルネス・トレーニング」は、日本禅や森田療法と類似している。ただしその治療は大掛かりで保険診療内におさまらず、実用性は高くはない。
薬物療法
後者に関しては、このBPDの概念が提出された当初考えられていたような精神病的な要素は少なく、抗精神病薬を中心とした薬物療法も著効は示さず、また精神安定薬については嗜癖を促しやすいという傾向があり、むしろ気分障害などの併存症への薬物療法を用うことが多い。
米国精神医学会の2006年のガイドラインによれば、副作用の少なさなどの観点から、第一選択としては副作用の少ない選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を考え、被害念慮のある場合などは、低量の抗精神病薬が有効である(平島、2008)。
また気分安定薬に関しては、バルプロ酸ナトリウム(デパケン)やトピラマートが衝動性に対してある程度の効果が確認されている(平島、2008)が、筆者は個人的にはラモトリジン(ラミクタール)の効果に注目している。
なおの治療では中断率が高い。ガンダーソンの調査では、半年間での中断率は患者の50%、一年では75%であり、初期から終結まで一貫して治療する例は少なく10%程度だった。
なおBPDは高い治療中断率(44-66%)が指摘されている(Skodol et al, 1983; Gunderson et al, 1989; Kelly et al, 1992) が、これらの 治療を維持するためには、まずは安定した治療関係が前提となることを示していると言えよう。
平島奈津子、上島国利、岡島由香 「8章 境界性パーソナリティ障害の薬物療法」『境界性パーソナリティ障害―日本版治療ガイドライン』 金剛出版、2008年9月、p135-152
Chiesa, M, Drahorad, C.
& Longo, S (2000) Early
termination of treatment in personality disorder treated in a psychotherapy
hospital Quantitative and
qualitative study. The British Journal of Psychiatry Aug 2000, 177 (2) 107-111; DOI: 10.1192/bjp.177.2.107