境界パーソナリティ障害 BPD
境界性パーソナリティ障害( Borderline personality
disorder ; 以下本文ではBPDと記す)は、いわゆるパーソナリティ障害の代表的な存在といえ、対人関係、自己像、感情の不安定性や衝動性などを特徴とする(DSM-5)。BPDは、前世紀半ばより精神分析的な研究を通してその存在が認められるようになった比較的歴史の浅い精神障害であり、1980年の米国の診断基準DSM-IIIに記載されて精神医学の場に市民権を獲得し、ICDにおいては「情緒不安定パーソナリティ障害」として記載されている。従来「境界例」や「ボーダーライン」と呼ばれてきたものも、これに相当する。
BPDの定義およびその病態
DSM-5(アメリカ精神医学会による)によれば、BPDの診断は以下の9項目のうち5つ以上に該当するものをいう。
1. 現実に、または想像の中で、見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力。ただし基準5.で取り上げられる自殺行為または自傷行為は除く。
2. 理想化と脱価値化との両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係の様式。
3. 同一性の混乱:著明で持続的に不安定な自己像または自己意識。
4. 自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食)。
5. 自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為のくり返し。
6. 顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2 - 3時間持続し、それ以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、いらだたしさ、または不安)。
7. 慢性的な空虚感。
8. 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難さ(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)。
9. 一過性のストレス関連性の妄想様観念、または重篤な解離性症状。
これらの基準をもとにBPDの病態について解説を加える。
<基準1.>「現実に,または想像の中で,見捨てられることを避けようとなりふりかまわない努力をする」
この項目はBPDの根底にある病理を表したものと言える。見捨てられることへの反応としては一方で強烈な不安を呼び起こすが、同時に見捨てようとしている(と当人が感じている)相手が決してその場を逃れられないような手段が選ばれ、それはその相手に対する激しい攻撃や目の前での激しい自傷行為という形をとりやすい。それがこの「なりふりかまわない努力 frantic efforts」)という表現に込められている。そしてその切迫性や深刻度が、そのままBPDの病理を反映していると言っていい。例えばある女性は恋人から別れ話を切り出されると激しく興奮し、相手の持ち物をマンションの窓から投げ捨て始めた。またある男性は付き合いをやめることを提案された相手の女性に執拗に電話をする、勤務先に押し掛けるその他のストーカー行為を始めた。ただし彼らは自らが精神的に依存していはいない人とは淡々と良識的なかかわりを維持することが出来るのが通常である。
<基準2> 「理想化と脱価値化との両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人関係の様式」
BPDを有する人は相手に対する惚れ込みや理想化を示す一方で、同じ人をそれとは逆に脱価値化の対象にしたり、憎悪を向けたりする傾向にある。一般的には自分を決して見捨てないと思えた対象に理想化を向け、その際過剰な奉仕や世話焼きを伴うために、相手は逆に狼狽し、それを負担に感じることが多い。その結果として相手が自分から距離を置き始めると感じるや否や、その対象の脱価値化に向かうというパターンを繰り返す傾向にある。この脱価値化においては、理想化をしていた際に否認していた相手のネガティブな側面を言い募ることで相手の怒りを買い、そのことで自分への陰性の注意 negative attention を引き出すことが目的とされる。そしてそのためにその場では相手をつなぎとめることが出来ても、結果的には相手を疲弊させ、不安を掻き立てることで不成功に終わることが運命づけられた自暴自棄な行為といえる。その意味では相手への脱価値化は一種の自傷行為というニュアンスもある。ただしこの脱価値化は、これ以上傷つきたくないためにその関係から逃避するという目的を暗に含む可能性もある。この脱価値化は通常は激しい感情状態で生じ、高い衝動性を伴うために、相手への攻撃や自傷行為という行動化を伴うことが多いが、のちにそれに対する反省や後悔が見られることが少ない。