2016年12月10日土曜日

解離 推敲 ⑧


いろいろ同時並行していて、何が何だか分からなくなってきた。


解離性障害の除外診断

わが国ではここ10年で解離性障害の診断は以前より頻繁に、かつ正確に下されているという印象を受ける。以下に解離性障害の中でも特に臨床上問題となるDID DF についてはその診断は各論に譲るとして鑑別診断について論じる。


松本12)は解離性障害の鑑別に重要な疾患として統合失調症とBPDを挙げている(松本、12)が、この二つについて主として論じるとともに、特に注意が必要とされる側頭葉てんかんについても触れたい。

統合失調症やその他の精神病
「精神病様」の症状としての幻聴や幻視、関係念慮の有無は、解離性障害、特にDID に関する鑑別診断を考える上で重要な手がかりとなる。しかしこれらの「精神病様」の症状の存在自体は解離性障害の可能性を肯定も否定もしない。DID の診断の決め手は独立した主体性を持った人格部分が心に宿るという心的現象であり、逆に言えば「精神病様」の症状が、それらの人格部分から注視されたりメッセージを伝達されたりするという体験の一部として説明することが難しければ、診断は統合失調症などの精神病により傾くであろう。

「精神病様」の症状のうち、幻聴は解離性障害が統合失調症と誤診される最大の原因となりうる症状である3)。解離性幻聴の特徴としては、内容が多様であること、意味内容が比較的明確であること、出現が幼少時にさかのぼることなどが多い、などがあげられる12)。また幻聴の内容が本人の生活史やトラウマに関連したものであることが多い点にも注意したい28)。また以前言われたほど、頭の中で聞こえることが解離性の幻聴に特異的とは考えられていない。
幻視については、統合失調症においては少ないが、解離性障害には比較的多く聞かれる。また統合失調症の幻視が奇怪な内容であるのに比べて、解離性障害の幻視の内容はおおむね現実的で、過去の外傷体験のフラッシュバックという色彩を持つ 4)。ただし解離性の幻視にはファンタジックな内容や幽霊等を体験するケースも報告されている。
また直接の幻視体験ではないものの、解離性の体験における背後からの見られ感は柴山が指摘するが、この症状は臨床場面でも多く聞かれ、これは他方で幽体離脱や自分を背後から見ているという体験とも相補的である可能性がある。
 関係念慮は筆者もしばしば統合失調症の決め手として用いるが、解離性障害においても同類の体験が聞かれることがある。ただしそれは一過性で、症状の主要部分を占めることはない。
精神病様の症状の存在とは別に、解離性障害の場合には全体の臨床経過が、統合失調症の典型的なそれとは大きく異なる。解離性障害の場合、精神病の陰性症状は見られず、全体的な社会機能の低下も限定される。また解離症状は年齢とともに軽減ないし消褪していく傾向になる。さらには記憶の欠損ないしは健忘の存在も、統合失調症とは大きく異なる点である。 


境界性パーソナリティ障害(BPD
BPD が解離性障害と混同される原因は大きく二つ考えられる。一つは診断ないしは概念上の混乱である。かつてHerman は複合型 PTSD の概念を提出した中で、従来のBPD と呼ばれた障害を基本的にはトラウマに由来するものとしてとらえた。現代の解離概念を代表する構造的解離理論においても、van der Hart らはBPD を二次的な構造的解離ととらえている。これらの理論に従えば、BPD はトラウマ関連疾患ということになる。DSM-5 に見られるBPD の第10項目である「一過性の解離症状」という項目も、このような見方の根拠の一部をなしているといっていいだろう。実際にDSM5BPD の診断基準の多くは、DIDにも当てはまる可能性があるとも言われる。
 BPD が解離性障害と混同されるもう一つの原因はBPD と解離性障害、特にDIDの患者がともに持つ、極端な対人関係のあり方に見出すことができる。しかし松本や岡野が指摘するように、BPDと解離性障害には根本的な相違がある。それは端的に内的世界において何を分裂 split させるかという問題に関してである。BPD と異なり、解離性障害の患者は怒りや恐怖を投影や外在化することで対象にぶつけることが出来ない傾向にある。筆者の臨床体験としても、BPD の患者がしばしば治療関係を安定した形で持つことが難しいのに対し、解離性障害においては治療関係を大切にし、むしろ治療者に気を使いすぎるという特徴がみられる。ちなみに筆者は便宜的にBPD の病理を一つのスペクトラムとして理解し、解離性障害の患者が時にどの程度のBPD 性を発揮しうるか、という捉え方をしている。このような見方は、BPD か解離性か、といった二者択一的な診断を患者にあてはまる必要から治療者を解放してくれるであろう。

側頭葉てんかん
解離症状は、時にはてんかん症状と区別がつきにくい場合がある。解離様のエピソードにおいて患者の行動にまとまりがなく、また深刻な意識変容が疑われる場合、それが実は側頭葉てんかんの可能性があるために注意を要する。以下に米国の Epilepsy Foundation のホームページ にある記載内容をもとにその症状をまとめてみる6)
側頭葉てんかんはてんかんの中でももっとも頻度が高いもののひとつとされる。てんかん波は多くの場合側頭葉の海馬から始まり周囲の組織に及ぶ。 側頭葉てんかんはさまざまな名前で呼ばれる。それらは単純部分てんかん(意識喪失を伴わないもの)と複合部分てんかん(意識喪失を伴う)、精神運動発作、辺縁系てんかん、などである。発作の前兆としてしばしば観察されるアウラにおいては、周囲が異様に感じられたり、声、音楽、におい、味などの幻覚が生じたりする場合もあり、また吐き気などの消化器症状なども特徴的とされる。アウラは通常数秒から12分続くことがあり、それに続く症状はさまざまな形態をとる。古い記憶、感情、感覚などが突然襲い、 一点を見つめる、手をいじくりまわす、舌や唇を鳴らす、おかしなしゃべり方になる、などの症状が見られる。診断はMRIの所見(海馬の硬化など)と脳波所見(前側頭葉の棘波および徐波 spike or sharp waves など)が決め手となり、多くは神経学的な治療により回復する。 
筆者の体験したあるケースは、その「発作」の最中に、周囲に助けを求めたり、許しを請うたりする言葉が繰り返され、一見幼少時のトラウマを再現しているようであった。しかし繰り返して脳波をとった結果として異常波が見られ、抗てんかん薬が処方されることで症状が軽快した。
側頭葉と解離症状との関連はすでに諸家により示唆されている。そもそも側頭葉てんかんの症状として解離症状や離人体験が記載されることも多い。Lanius らは、解離性の症状を示す患者において、側頭葉の活動亢進が見られることを報告している。ただしこのことから解離性の症状を一義的に側頭葉の病理に帰することは無論出来ない。

一過性全健忘、一過性脳虚血発作

一過性全健忘(Transient Global Amnesia、以下 TGA)や一過性脳虚血発作(Transient Ischemic Attack以下 TIA)は、DF との鑑別で問題となる可能性がある。TGA においては患者はある日前触れもなく前向性健忘を来し、新しいことをまったく覚えられなり、同じ質問を繰り返すが、通常 24 時間以内に症状は消失する。TGA の原因には諸説があるが、今のところ不明であるとされる。
TIA は解離性、てんかん症状との鑑別で重要である。症状としては一過性の視覚異常、失語、呂律のまわらなさ、混乱等がみられるが、多くの場合数分で症状は消失する。一般にTIA の発症は DF のそれより高年齢層でみられ、また症状の時間経過から鑑別は比較的容易である。原因としては脳の一部、脊髄、網膜等に血栓による一過性の虚血状態が生じるためとされる。