幾つかの代表的な解離性障害
以下に解離性障害の代表的なものについての概説を示す。DSM-5とICD-11の草稿を参照する限り、解離性障害は1980年の再登場以来30年以上たって、ようやく離人、健忘、DID、トランスの4つに集約されてきたという観がある。それを全体的に概観するならば、まずDIDについては、その病理の成立過程は比較的わかりやすい。幼少時の深刻なストレスないしトラウマに対して、解離というメカニズムにより処理することを余儀なくされた子供がいくつかの人格を形成していく過程は、家族の観察によっても、患者自身の叙述によっても、明瞭に記載されることが多い。新たな人格の形成という出来事が幼児における可塑性の旺盛な中枢神経においてのみ成り立つことも含め、これはトラウマを負った幼児がその後にたどる自然な経路といえる。
この様に考えるとトランス状態や健忘は、DIDに十分に至らなかったいわば不全形というニュアンスがあるだろう。つまり解離により成立している意識が清明であるのがフルに成立したDIDであるとしたら、それに至らないながらもトラウマにより海馬が機能不全に陥った際にはそれは健忘を残すことになる。その意味では解離性健忘は飲酒によるブラックアウトと類縁の事象と考えればよい。トランスの場合にはおそらく意識の狭小化が起きている点が特徴的であろう。
解離性同一性障害
DSM-5にはDIDの診断基準は、以下のように書かれている。「2つ以上の明確に異なる人格状態の存在により特徴づけられるアイデンティティの破綻であり、それは文化によっては憑依の体験として表現される。Disruption of identity
characterized by two or more distinct personality states, which may be
described in some cultures as an experience of possession.」(DSM-IV-TR (7) で同所に相当する部分にはこの憑依という表現は見られなかった。またA基準の文末には「それらの兆候や症状は他者により観察されたり、その人本人により報告されたりすること。」とある。つまり人格の交代は、直接第三者に目撃されなくても、当人の報告でいいということになる。(DSM-IV-TRでは人格の交代がだれにより報告されるべきかについての記載は特になかった。)さらに診断基準のBとしては、「想起不能となることは、日常の出来事、重要な個人情報、そして、または外傷的な出来事であり、通常の物忘れでは説明できないこと。」となっている。(DSM-IV-TRでは「重要な個人情報」とのみ書かれていた。)
以上をまとめると、DSM-5におけるDIDの診断基準の変更点は、人格の交代とともに、憑依体験もその基準に含むこと、人格の交代は、直接第三者に目撃されなくても、当人の申告でいいということを明確にしたこと、健忘のクライテリアを、日常的なことも外傷的なことも含むこと、の三点となる。
DIDの理解や治療方針について本稿で詳述するにはあまりに紙数が限られているが、概要を示せば幼少時の深刻なストレスないしはトラウマを機に発症し、いくつかの人格の素地をすでにその時期に備えるのが通常である。思春期以降家から離れることをきっかけに人格交代が生じることが多い。人格間の記憶の保持や共有についてはケースバイケースであり、一つの人格が活動している間にほかの複数の人格がそれを眺めているというパターンがむしろ一般的である。(続く)