2016年11月10日木曜日

退行 再推敲 土居の部分

トランプ勝利の衝撃。恐ろしいけれど興味深い事実が示されたと言えるだろう。それはアメリカ人(人間一般?)の一部が、自分たちが持っている差別心を、投票という匿名性の保たれた行動により表明したということである。トランプはアメリカ人が潜在的に持っている差別心(これがない人はいないのだ)に働きかけた。恐るべき狡知であり、究極の●●●パス的行為といえないだろうか?これはたとえば「虐め」にも通じる現象だ。誰かをいじめたいが表立っては出来ない。そこで隠微な形で虐めを実行する。苛められる当人しかわからない形で。

退行概念と甘え

この論旨の流れて触れておかなくてはならないのが、甘えと退行との関連性である。我が国の精神分析家土居により提唱された甘えの概念は、子供が表現する情緒ないし態度であるとともに、大人になってもしばしば体験されるが、それがある種の依存状態、精神的に退行した状態で生じることが知られている。それを臨床的な概念として抽出した点に土居の功績がある。
 甘え理論の提唱者である土居は、甘えを治療論と結びつけている。土居は E.Kris の概念である「自我に奉仕する退行」(Kris, 1952) に触れ、「精神分析療法自体このような『自我に奉仕する退行』を組織的に一貫して行なうものである、ということができる。」(土居、1961,p.43)と述べている。土居が患者が治療者に健康な甘えを示すことを治療の一環と考えた以上、治療場面における退行はむしろ土居にとっては必然ということになる。
Kris, E. (1952) Psychoanalytic Explorations in Art. Int. Univ. PressNew York. (馬場禮子訳・芸術の精神分析的研究。岩崎学術出版 1976.)
「精神療法と精神分析」(金子書房、1961)において、土居は以下のように述べている。「・・・われわれが物心つき始めた幼児について、彼は甘えているという時、この幼児は甘えられない体験を既に知覚しているので、そのために甘えようとしている、と考えられることである。いいかえれば、日本語でいう場合の甘えの現象は、原始的葛藤と不安の存在を暗示していることになる。その葛藤は受身的対象愛が満足されないことによって生起したのであり、そのために意識的にこれを満足させようとする時に、甘えの現象が観察されると考えられるのである。」すなわち患者は甘えという受け身的な対象愛を満たされたかったといういわばトラウマを抱えたままで治療に参入することになる。
ここで土居の言及する「受身的対象愛」は Balint の概念であるが、それを土居自身が精神分析における甘えと同等の概念として位置付けている。そして自らの理論と Balint のそれとの共通点を強調する。土居は Balint について「同じ発想をし」「考えが同一線上にある」と認めている(甘えさまざま 弘文堂、1989p.112)。

また土居の発想は、彼がほとんど言及しなかった Winnicott 理論とも深くつながる。現在の英国における Winnicott 研究の第一人者である Abram, J は土居の甘え理論を詳細に読み込んだうえでこの点を強調し、「土居とWinnicott は基本的には全く同じ路線に立っている。土居がむしろ Balint の方に接点を見出したことの方が不思議である。」と論じているAbram, 2016)