ではどのような形で走化性が生じるのだろう? またまたウィキ様の力を借りると、たとえば鞭毛を持っている細胞の場合次のようなことがおきるらしい。反時計回わりをすると、鞭毛はひとまとまりになる。それにより細菌などの細胞は直線的に泳ぐ。そして逆の時計回転をすると、繊毛がバラバラの方向を向き、その結果として生物はランダムな方向転換をするという。要するに逃げる、ということなのだ。そしてそれが起きるために存在するべきものがある。リセプター(受容器)だ。細菌がXという匂いに向かっているとしよう。するとXの分子が細菌の表面にあるリセプターにくっつく。そこからさまざまな化学反応を誘発するのであるが、簡単に言ってしまえば、一瞬前のXの濃度に比べて、現在の濃度が上昇しているか、下降しているかにより繊毛の回転方向が決まってくるわけである。たとえばリセプターが細胞の表面に沢山あり、ある時点でそれのNパーセントにXがくっついているとしたら、しばらく走るとNプラス1パーセントに上昇したことで、細菌は「ヨッシャー、この方向や」とばかりに鞭毛を反時計回りにブルンブルン回すという仕組みが出来ている。
もちろんこの場合、細菌はより濃いXを感じ取ることで「ヨッシャー」とは感じていないだろう。上のは少し擬人化して書いただけである。細菌は考えるべき心を宿すスペース自体がない。このままでは細菌はロボットそのものだ。でも一つだけいえる。生物はたとえ細胞一つでも、自分の体にいいものを求めて動く。そしてその際の決め手は濃度勾配、つまりは報酬の坂道を下るという作業なのである。後は生命がいくら複雑になっても、同じような仕組みを考えればいい。
たとえば産卵をしに川を遡行する鮭でもいい。あれほど一心不乱に、ボロボロになりながら上流を目指して一目散に及ぶメス鮭は、明らかにコーフンし、目的地に向かって期待を胸に泳いでいることだろう。もちろんもうひとつの仮説は、彼女たちが何かの恐怖におびえ、一目散に上流に「逃げ」ている可能性だ。しかし私は絶対前者に賭ける。少なくとも生まれた川を目指すプロセスは「匂い」という研究があるそうだ。すなわちその川に特有の物質(もちろんものすごい数の微量物質の組み合わせの「濃度勾配」に反応する「走化性」が決め手となるだろう。ただし鮭あたりになると、私はそこに心を宿していると思いたい。そのメスの鮭の頭には、産み落とされる卵たちの「早く、早く」という叫びや、排出された卵に狂ったように精子を振りかけるべく待ち構えているオス鮭のイメージが広がっているかもしれない。彼女たちは間違いなく上流を目指すことを命を懸けて、ある種の興奮状態に駆られて行っているはずなのだ。
報酬勾配に置かれた私たちは興奮する
ここで鞭毛を持った最近も、心を持っているか、いないかも分からないCエレガンスも離れて、私たちのことを考える。私たちが何事かに熱中し、夢中になって課題に取り組んでいるとき、それは「報酬勾配」に置かれた状態といっていいだろう。報酬勾配とは今出てきた言葉だが、要するにこれまでの濃度勾配の話から一歩進めただけである。Cエレガンスにとっての匂いの勾配のような、ある種の報酬の勾配に置かれたとき、私たちは興奮し、没頭する。これは生物学的な宿命といえる。おそらくその典型は動物における交尾であろうが、これはあまりに生々しいのでブログではかけない。