2016年5月3日火曜日

嘘 2 ⑨

自己欺瞞の例 ②

母親の例をもう一度出そう。以下の例は「母がしんどい」(田房永子)に出てきた例をもとにしている。
ある母親が娘にピアノを習わせようと思う。近所のママ友が、娘にピアノを習わせ始めたと聞いて、「自分の娘もぜひ!」と思っているうちに、いつの間にか「娘は当然ピアノを習いたいはずだ」と思い始めている。早速近くのヤ●ハピアノ教室に電話をして、段取りをつけてしまう。そして娘に宣言する。「来週の月曜日、ピアノ教室に行くわよ!」最初娘は、例によって急に決められてしまった話に驚く。「習うのは私なのに。ママっていつも勝手に決めるんだから。この間のバレーのときもそうだったし。」でもまんざらでもない気もする。面白そうだし、自分も友達の話を聞いて、自分もやってみたいと思っていたし。そこで取りあえずは、その近所の●マハの出店に出かけてみる。そして最初は出来そうなので契約し、3回ほど通ってみるのだが、もともとコツコツ練習するタイプではない。取り立てて音楽の才能もないから、そのうち飽きて、行き渋るようになる。すると母親は言うのである。「あんたが習いたいって言ったんじゃない!高いお金も払ったのに、なんてわがままなの!」娘は、何かがおかしいと思うのだが、反論できない。
これも自己欺瞞の例だ。そしてこの種の自己欺瞞は親子でしばしば発揮され、時には娘に深刻な病理を生み出す可能性がある。
 さて問題は「娘にピアノを習わせたい」がいつの間にか、「娘が初めからピアノを習いたがったのだ」になるプロセスである。
ちなみにこの例は、母親が自己欺瞞的であり、娘はその犠牲者である、という風には単純に割り切れないことも付け加えておこう。娘はどこかの時点で「お母さん、私、ピアノをやりたい」と意思表示をしている可能性がある。母親は最初は自分が誘ったという自覚があっても、この時点で娘の自主的な意思表示を受けた、と考えるかもしれない。そして母親に「あなたが最終的に自分で決めたんじゃないの?」といわれた娘が次のように言うとしたらどうだろう?「私はお母さんに『やりたい』言わせられたの。お母さんを傷つけたくないと思ったから、そう言ってあげたの。お母さんはいつも私の本当の気持ちを無視して、私にやらせたいことをそれとなく知らせてくるの。私がいや、と言えない性格なことを知っていて、いつの間にか私にやらせたいことを、私が自分からやりたいと言うように仕向けるの。なんてずるい人なの?」
ここを読んで「ある、ある」と思う人が、10人に一人くらいはいらっしゃらないだろうか?そう、母親が自己欺瞞であると同時に、娘の方にも同様の傾向があることが少なくないのだ。そして母-成人娘間のミスコミュニケーションは大体そのような問題を、多かれ少なかれはらんでいるものなのだ。(父親―成人息子の場合は? そもそも会話をしない!!) ただしそこでやはり最初の段階で強い威力を発揮するのは、もちろん母親の方なのである。
ここでの母親の自己欺瞞は、自分がピアノを娘に習わせたかったが、それを「娘が本来そうしたかった」にすり替え、そのことを見てみないという傾向を指すことになる。