2016年1月15日金曜日

精神分析におけるトラウマ理論(仕上げ)1



しつこいようだが、トラウマ理論の論文をまだ手直ししている。これがどうしても仕上げに向かっていかない。しかし書いているうちに少し面白くなってきた。というのもフロイトの理論の変遷に関して、最近新たな研究が進んでいることが、論文を調べていてわかったからだ。一種の発掘作業というニュアンスもある。

まずは投稿に際して、投稿先の○○社の投稿規定を守らなくてはならない。という事で調べると・・・。この作業はもちろん面倒だが、ここまで来ると、論文が仕上げの段階に近づいたということを意味するので、案外嫌いではない。読む側にとってはまったくどうでもいいことだが。商品を送り出す前に丁寧に梱包する作業に少し似ているかもしれない。

 1Kraepelin EmilDie Dementia praecox, inPsychiatrievon E Kraepelin, II Band, VI Aufl, Barth, Leipzig137-214, 1899.
2
)松田邦夫,稲木一元:シリーズ漢方治療マニュアル18腎疾患,治療74201-211, 1992.
3
Nakazawa Yoich, Tachibana H, Kotorii M et alEffects of L-DOPA on natural night sleep and on rebound of REM sleep. Folia Psychiatr Neurol Jpn 27223-230, 1973.
4
)大塚恭男:『東洋医学入門』,日本評論社,東京,1983.
5
)矢數道明:臨床30年漢方百話,医道の日本社,東京,271-2831960.   

発行年が最後に来るパターンだな。執筆者以外にはまったくどうでもいい話だよね。とにかく論文を最後まで仕上げる作業は手間がかかる。ということで・・・・。

精神分析におけるトラウマ理論
                 
はじめに

現代の精神分析において「トラウマ」が一つのキーワードとなりつつあることは、ある意味では時代の必然と言える。 それは精神分析理論の発展の歴史的な背景に起因しているのだ。Freud1890年代の終わりに「性的誘惑説」を棄却し、内的欲動論に向かい、それが精神分析理論に結び付いたと一般に考えられている(小此木、2002)。Freud はその後の理論の発展で、欲動論の一部を大幅に修正し(Freud,1926)、新たにトラウマの問題に関心を向けたとみなすこともできる(岡野、1995)。しかしFreudは基本的にはリビドー論や欲動論的な視点を堅持し、いわゆる「葛藤モデル」の代表として位置付けられ、伝統的な精神分析の主要なモデルであり続けた。その意味では後に見られた養育上の欠損やトラウマを要因として重んじる「欠損モデル」とは理念上の隔たりがあったと言える。1970年代以降になり、PTSDや解離のトラウマに基づく病理が盛んに論じられ始めた時、精神分析はその対応に出遅れていたという感があった。主として関係精神分析を代表とする新しい流れがこの問題を取り上げたが、最近ではクライン派によるトラウマ理論も提出され(Garland, 1998)、その影響は精神分析の世界に広く浸透しているという印象を受ける。

小此木啓吾 現代の精神分析 (講談社学術文庫) 2002
Garland, C. ed.: Understanding Trauma: A Psychoanalytical Approach Karnac Books, London, 1998) ガーランド編 松木邦裕訳: トラウマを理解する. 岩崎学術出版社、2011.
Freud, S.: Inhibitions, Symptoms, and Anxiety. S.E. 20. ,1926. フロイト「制止、症状、不安」(『フロイト著作集6巻』人文書院)
岡野憲一郎 外傷性精神障害. 岩崎学術出版社, 1995.

精神分析へのトラウマ理論の取入れ

精神医学全体を眺めれば、1980年のDSM-IIIにおけるPTSDおよび解離性障害が診断項目として掲げられて以来、トラウマの精神への影響に関する関心は急速に高まっている。精神分析がその影響を受けることはある意味では自然のことと言える。その例としてOtto Kernberg をあげることが出来よう。Kernberg は米国で1970年、80年代に境界パーソナリティ障害の病因論を展開した(1984)。そこ彼が主張したのがクライン派の考えに沿った生まれつきの羨望や攻撃性であった、しかしその後1995年に次のように述べてかつて提唱した理論の一部修正を行っている。
Kernberg, O: Severe Personality Disorders: Psychotherapeutic Strategies Yale University Press, 1984O.F. カーンバーグ (), 西園 昌久 (翻訳) 重症パーソナリティ障害精神療法的方略 岩崎学術出版社、1997.

同時に私は生まれつきの攻撃性についても曖昧ではなくなってきている。問題は生まれつきの、強烈な攻撃的な情動状態へのなりやすさであり、それを複雑にしているのが、攻撃的で回避をさそう情動や、組織化された攻撃性を引き起こすようなトラウマ的な体験なのだ。私はよりトラウマに注意を向けるようになったが、それは身体的虐待や性的虐待や、身体的虐待を目撃することが重症のパーソナリティ障害の発達にとって有する重要性についての最近の発見の影響を受けているからだ。つまり私の中では考え方のシフトが起きたのだ」。(Kernberg, O.,1995
Kernberg, O: An Interview with Otto Kernberg. Psychoanalytic Dialogues, 5:325-363, 1995. 

とはいえトラウマ概念の導入の仕方やその治療的な扱いは、学派によりさまざまに異なる。たとえば前掲書に代表されるクライン派の捉え方(Garland, 1998 によれば、トラウマとは、フロイトのいう刺激保護障壁が破られることにより生じ、トラウマ的な出来事は、内的な恐怖や空想の中で最悪なものを確証させることであると理解される。そしてその治療技法としてはやはり転移解釈が主たる技法であるという主張がなされる。それと比較して、間主観性理論の立場に立つRobert Stolorowのトラウマ論(Stolorow,R. 2007)は、トラウマをより関係論的でコンテクスト的にとらえる。そしてトラウマは、愛する人がいつ何時死ぬかもしれないという現実を自覚することにつながり、その孤独を理解してくれるのは、同様のトラウマを体験した人でなくてはならないとさえ主張する。
Stolorow, RD: Trauma and Human Existence. Autobiographical, Psychoanalytic, and Philosophical Reflections”. Routledge., 2007. ロバート・D・ストロロウ著 和田秀樹 訳「トラウマの精神分析 自伝的・哲学的省察」岩崎学術出版社、2009.


 このように精神分析においてもトラウマへの注目がみられるが、むしろその流れは精神分析の歴史の中に既に存在しつつ、ある意味では傍流として扱われていたという事情がある。