2015年12月1日火曜日

関係精神分析のゆくえ(推敲) 3

以下にRPにおいて特に取り上げられているトピックをいくつか挙げたい。それらは

フェレンチ理論の再評価、脳科学、アレキサンダーの再評価、トラウマ理論、解離理論、フェミニズム、などである。こう挙げただけでもRPの学際性は、それが一つの大きな特徴といってもいいであろう。先にRPは無意識の探求という本来の精神分析の在り方を逸脱しているという点について述べたが、RPはその意味では「精神分析的であれ」という縛りを自らに課すことをせず、あらゆる関連分野における知見を貪欲に取り込むという動きがみられる。

フェレンチの再評価

 RPにおいては、フェレンチ理論の再考は盛んにおこなわれている。2008年にはニューヨークにフェレンチセンターも立ち上がっている。わが国でも森茂起による翻訳により、フェレンチの業績が再考される機会が与えられている。同センターの代表はLewis Aron, Adrienne Harris といったRPの代表格ともいえる人たちである。
フェレンチといえば、かのHS.サリバンがその講演を聞いて深く共感し、自らの考えに最も近い精神分析家と感じ、弟子のクララ・トンプソンをブタペストまで送って分析を受けさせたという逸話が思い出される。RPとフェレンチとのつながりは実はその時代にまでさかのぼって作り上げられていたとみることも出来る。
 ダイアローグ誌上でフェレンチの概念の再評価に大きく貢献した人としてFrankel の名があげられる(Jay Frankel, Exploring Ferenczi's Concept of Identification with the Aggressors: Its Role in Trauma, Everyday Life, and the Therapeutic Relationship (2002). Psychoanalytic Dialogues, 12:101-139.
彼はフェレンチの1932年のいわくつきの論文とも言える「大人と子供の言葉の混乱」を取り上げ、そこで提案されている「攻撃者との同一化」という概念が、アンナ・フロイトの同概念よりさらにトラウマ状況において被害者である子供の心に生じる現象をとらえているという。Frenkel は最近のトラウマ理論を援用しつつ、フェレンチの同論文の解読を行う。そこでは同一化のプロセスと解離のプロセスは同時に生じていると説明される。すなわち解離とは攻撃者に対面した現在の恐怖を無きものにするが、それは攻撃者を内側に取り込むことによりコントロールが可能となるからだと説明する。
 
脳科学

ダイアローグ誌に2011年に掲載されたショアの論文は、RPが脳科学的な知見との整合性を求めている事実を示している。(Schore, A.N. (2011). The Right Brain Implicit Self Lies at the Core of Psychoanalysis. Psychoanal. Dial., 21:75-100. )脳科学者であり、分析家でもあるショアは精神分析的な知見がどのように脳科学的な素地を有しているかという問題を追及し、そこで右脳がフロイト的な無意識におおむね相当するという大胆な仮説を提出する。ショアが強調するのは黙示的な情動調節の重要性であり、その不調は第一に早期の関係性のトラウマ、すなわち愛着の問題に由来し、それが精神療法における主要なテーマになるであろうということである。

このようなショアの主張は脳科学と愛着の問題、そしてトラウマの問題を一挙に関連付けるとともに、フロイトにより提示された無意識の概念の重要性を、ほかのどの関係論者よりも強調しているという印象を受ける。脳科学という文脈を通して、現代的な精神分析はもっともフロイトに近づくともいえるであろう。