2015年10月7日水曜日

転換性障害の現在(1)

最初に用語の問題であるが、転換性障害は昨年(2014年)に発表されたDSM-5日本語版では、転換性障害・変換症という呼称を得ている。しかし本章では従来の呼び方である転換性障害conversion disorder という呼び方を踏襲したい。
転換性障害は、随意運動または感覚機能の変化の症状が見られ、かつ神経疾患ないしは医学的疾患としての所見を欠いた状態として定義される。転換性障害は、1970年代まではヒステリー、およびヒステリー神経症(DSM,DSM-II)と呼ばれていたものの一部をさす。ヒステリー神経症うち運動や感覚の異常を主たる症状として呈し、転換性ヒステリーと呼ばれていたものが、DSM-IIIにおいて身体表現性障害というカテゴリーのもとに転換性障害として掲げられた。(その後1990年に公になったICD-10でもヒステリーの名は消え、臨床診断としてヒステリーの呼称は過去のものとなった。)ただし転換性障害はそれを広義の解離性障害に含めるという立場(DSM5に見られる)と、それとは独立した病態として捉えるという立場(ICD10に見られる)が併存した状態である。 
DSM-5による転換性障害の理解
ちなみに転換性障害の昨今の動向を知る上で、このDSM-5における扱い方をまず検証する必要がある。それは米国を中心にした多くの臨床家の検証の結果を反映しているとみなせるからだ。そしてそこでDSM-IV-TRに加えられた変更は、おおむね理にかなったものといっていい。
 
A.神経疾患または他の一般身体疾患を示唆する,随意運動機能または感覚機能を損なうlつまたはそれ以上の症状または欠陥。
B.症状または欠陥の始まりまたは悪化に先立って葛藤や他のストレス因子が存在しており,心理的要因が関連していると判断される。
C.
その症状または欠陥は(虚偽性障害または詐病のように)意図的に作り出されたりねつ造されたりしたものではない。
D.
その症状または欠陥は,適切な検索を行っても,一般身体疾患によっても,または物質の直接的な作用としても,または文化的に容認される行動または体験としても,十分に説明できない
E.
その症状または欠陥は,著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域の機能における障害を引き起こしている。または,医学的評価を受けるのが妥当である.
DSM-5 では
A.lつまたはそれ以上の随意運動,または感覚機能の変化の症状
B.その症状と,認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しないことを裏づける臨床的所見がある.
C.その症状または欠損は,他の医学的疾患や精神疾患ではうまく説明されない.
D.その症状または欠損は,臨床的に意味のある苦痛,または社会的,職業的, または他の重要な領域における機能の障害を
引き起こしている、または医学的な評価が必要である。

 まず診断基準であるが、DSM5では基本的に、A.運動、感覚機能の異常、B.神経疾患としての所見がないこと、の二つが掲げられているのみである。これはDSM-IV-TRまでの同障害の定義と大きく異なる。なぜなら後者では、A. 運動、感覚機能の異常、B.心因が関係している、C.作為的ではない、D.神経疾患としての所見がない、の4つを掲げていたからだ。
この改訂の意味は非常に大きい。転換性障害に心因が関係している、作為的でない、という二項目が削除されている。さらに診断基準の説明文においては、「いわゆる『美しき無関心 la belle indifference 』も診断の根拠にならない」と謳われているのだ。しかしこのことを通じて、いかに従来は転換性障害がさまざまな誤解を受けていたかがわかる。つまり従来のヒステリーに対して持たれていた常識、ないしは偏見は、ある意味では従来はその診断基準にも反映されていたということになる。なぜならヒステリーとは本来、あるショックないしはストレスな出来事に反応して発症し、すなわちそこに心因が存在し、かつ疾病利得が感じられ、そのために本人はさほど動揺を見せないもの、ある意味ではどこかで症状を意図的に生み出しているもの、というニュアンスがあった。DSM-IVの、B,C,Dはその意味では全く余計なもの、それの存在そのものが、ヒステリーに対する偏見を反映しているところがある。Bの心因は、実は様々な精神疾患に、ストレス因として存在するものであるため、あらかじめ断るまでもないことだ。C.についてもすべての精神疾患に言えることだ。これを掲げていること自体が、てんかん性障害への差別とも感じられる。Dについても本来余計なことである。また神経疾患と共存することを考えると、かえって不必要かもしれない。その意味では、このDSM-5による改訂は、転換性障害の本来あるべき姿を端的に記載しているものと言う事が出来よう。