2015年10月2日金曜日

心理療法の初学者に向けて(推敲) 1


初学者の陥りやすい思考

初学者について何かを書くとなると、結局アドバイスめいたことになってしまって恐縮である。でも30年前の自分に出会ったら言ってあげたいことはいくつかある。それを書いてみよう。
 私たちはいつの年代でも、何事かについての初学者としての経験を持つ可能性がある。趣味や学問で新しい分野を開拓する時、あるいはまったく新しい職場環境に入る時、私たちは右も左もわからない状態、ないしはそれに近い状態になる。そしてその状態で陥りやすい思考がある。その思考のために失敗もするはずだ。そこでおそらく助けになるのは、初学者として陥りやすい思考、行動パターンをあらかじめ知っておくことであろう。出来れば自分自身が特に起こしやすい傾向を知っておくことがより望ましいだろう。
さて、右も左も分からない、という状態を言い表すなら、「何が分からないかも含めて分からない」という状態である。そのような状態で通常考えるのは、これから自分が学ぼうとすることにはある種の正解が用意されているはずだ、ということである。あるいは正解はないとしても、専門家の間で何らかのコンセンサスが成立しているはずだとは考えるであろう。そして初学者はその正解を、ある種の手続きを踏むことで学ぶ手段があるのであろうと考える。

初期の「刷り込み」問題

 初学者は不安や好奇心に駆られ、「正解」を求めて成書を買い求めたり、その道の先達に教えを乞うたりするであろう。そしてそれらにより語られることは、その正解そのものであったり、それに少なくとも自分よりは一歩近いと考える傾向にあると考え、さっそくそれを取り込むだろう。これは一種の初期の「刷り込み imprinting」に近い状態といえる。あるいは複雑系の用語を借りて、「初期値鋭敏性」と表現したくもなるが、実際のこの概念が意味することとはかなり異なり、むしろ「最初に与えられたベクトル、方向性」程度に考えていただきたい。
このような初期の「刷り込み」と共に出発した初学者は、徐々に自らの経験値を蓄え、自分がどこまで分かっているのか、何を分かっていないのかを知るようになっていく。そしてその世界で正解と呼ばれるようなものは少なくとも自分が考えていたほどの明確な形では存在しないのだということが見えてくるだろう。しかしそれでもこの初期の「刷り込み」は、結構尾を引くことが多い。もちろん初学者がいろいろな理論を勉強することで自分が「これが本物だ」、と思える考えや理論に逢着し、最初の「刷り込み」から脱出するということもあるだろう。しかしそれが起きないうちに、この刷り込まれたものがひとつのアイデンティティとして獲得されてしまう場合もあるということも十分ありうる。
もちろんそのような事情は、職業選択にしても、対象選択にしても十分見られることである。相手がたくさんの選択肢の中で最善だと判断されたから、というわけではなく、出会いそのものが自分のそれからの一生を決定する上での最大の根拠となるのである。

もちろんこの小論は、初学者たちに「○○の学派をおすすめします」「××は敬遠したほうがいいでしょう」と伝える類の内容ではない。ただ自分がどのような刷り込みを受けているのか、どのような初期値を与えられているのか、ということを意識しておくことはきわめて重要だということを主張したいのである。

さて私はそれを以下の3つに分けて示したい。それらはいずれも、迷子になってしまわないための方便なのである。

1.立ち往生しないために
2.倫理を学び、あとは自分で判断せよ


3.非防衛性を旨とせよ。