2015年7月22日水曜日

自己愛(ナル)な人(40/100)

ウーマナイザーなナル
ウーマナイザーとは、まだ日本語になりきっていない用語である。英語ではwomanizer.
「彼は大変なwomanizer だ」などという言い方をするが、日本語にすると「彼は女たらしだ」という訳が一番ぴったりくるかもしれない。(女たらし、という言葉もよくわからない。中学生の頃初めてこの言葉を聞いて、「女性的」という意味に勘違いしたことを覚えている。)
 Womanizerはウェブスターの辞書によれば、「カジュアルな性的な関係を複数の女性と持つ人」となっている。つまり職場などで女性社員とイチャイチャしてメールアドレスの交換をしたり、デートの約束をしたりする人々である。世の中にはこの手のカテゴリーに入れるべきなるもたくさんいる。
どうしてウーマナイザーがナルなのか? そこにはひとつの事情がある。ウーマナイザーは、定義上ある程度は「モテる」からだ。それが彼らを増長させ、自己愛的にさせる。少しもモテないウーマナイザーというのはありえない。ただのセクハラ親父に限りなく近いであろう。Womanize の元の意味は、effeminate (女性にする)という意味だという。そして女性が自分自身の女性性を意識するのは、彼女自身が相手を心惹かれる男性として認識した場合である。若い魅力的な男性を前にして、御年配の女性が突然恥らう乙女のように振舞うというシーンを、テレビなのでご覧になったこともあるであろう。
 ウーマナイザーが実力を発揮するため必要な男性的な魅力を、彼自身が十分に(あるいは過剰に)熟知して、女性の心を操り、もてあそぶ。そして多くの場合、そこには相手の気持ちに対する配慮はかけている。だから複数の女性と親しい関係を結ぶ。ただし女性の方もそのようなウーマナイザーの性質を知った上で、親密な関係を結ぶというところがある。そしてまるでハーレムの女性のように、彼女たちどうしが距離をとりつつ男性からの寵愛を獲得しようとする。
ある例を出そう。ただし詳細には変更が加えられ、一切個人情報が漏れない形にしてある。ただし以下に述べるE教授に対して、私は守秘義務はいっさいないのだが。
はるか昔のことである。私がたまたま事情を知ることになったある文科系のE教授(50歳代前半)の振る舞いが問題にされたことがある。彼は自らのゼミ生の中で、特定の女性の学生に目をつけては、きわめて長時間の個人授業を行うことで知られていた。他のゼミ生には冷淡で指導もスパルタ式だったり極めて短時間で済ましたりするため、E教授の特定の女子学生へのこの態度は特に目立った。E教授は端正な顔立ちで、若いころはそれなりにモテたという思いがある。しかし歳もとり、顔立ち以外の要素がそれから大きく変わってしまっている。しかしそれでも自分がモテるという意識は不思議と強いらしく、女子学生を食事に誘ったり、さりげなく手を握ったり、キスを迫ったりするという行為へと発展し、女子学生がハラスメント委員会に相談することがきっかけでE教授の振る舞いが明るみに出た。委員会の調査により、E教授のそのほかの女子学生への同様の行為も明らかになり、また家庭内でも深刻な問題を抱えているということがわかった。E教授は解雇寸前まで行ったが、どうにか職にとどまった。
このウーマナイザーE教授のきわめてわかりやすい特徴があった。彼は通常は人に厳しく、またその博識振りを生かして学生の研究に厳しい注文をつけたり、論文を何度も書き直させるなどの行為が、指導を受ける学生の間でも有名で、またそれだけ畏れられてもいた。しかし自分が異性として関心を示す相手に関しては、相好が簡単に崩れ、話すときは生き生きとして身を乗り出すという態度の変化が誰の目にも歴然としているということだった。その態度の違いがあまりに歴然としていて、彼の人間性を疑う声は多く挙がっていた。話によればE教授の父親は地方の名士で、家庭外で複数の女性と関係を持ち、かなりお盛んだと有名であったという。
ウーマナイザーE教授は、ウーマナイザー一般の持つもうひとつの特徴を示していた。それは教授としての権力により学生たちが自分を一目置き、時には尊敬のまなざしを向けるという現象が、自分はモテる、カッコいいという幻想を生み、助長していたということだ。E教授には複数の著書もあり、またテレビに一度出演したということもあり、彼の教えを請うために大学に入学してくる学生もいた。その中には若い女子学生もいて、彼は彼女たちに尊敬の目を向けられることにより、外見上はそれなりに「モテ」ていたことになる。その彼が女子学生を長時間の「ゼミ指導」に誘い込み、アルバイトと称して自分の研究資料の整理ためにポケットマネーを費やして長時間一緒に過ごそうと試みた際、多くの女子学生は最初はその申し出を戸惑いつつも受け入れた。そこから彼の勘違いが始まり、それが徐々に膨らんで行った訳である。
 ウーマナイザーE教授のもうひとつの典型的な特徴は、周囲からその問題行動を指摘された際に、まったく悪びれる様子がなかったということだ。直接訴えを持ち出した女子学生の話を間接的に聞き、E教授は「そうか、彼女はそんなことを言っていたのか・・・。ちょっと困らせちゃったかな。」という反応であり、全く懲りていない感じなのだ。
その後の調べで、E教授はウーマナイジングのためのさまざまな「技」を駆使していることが分かった。彼は自分にとって魅力的に映る女子学生や女性教員、事務員に対しては明らかにニコニコと愛想よく話し、時々それとなく顔を近づけて、フッと鼻息を吹きかけるそうなのだ。その時の相手の微妙な表情の変化から脈があるかを察知していたらしい。(と言っても相手があからさまに顔をそむけないのであれば、E教授にとっては「脈あり」と判断されていたらしいが。)さらには机を挟んで話をするときなど、自分の靴のつま先で相手の靴に触る、それで相手が足を引かなければ、くつしたになって相手の靴を包み込む、という仕草もしていたという。これも彼の相手の「脈あり」を知るための方法であったらしいが、相手は自分の足に何が起きたのだろうとパニックになり、足をひっこめられなかったというのが実際らしい。

ウーマナイザーE教授に対するその後の検討から、女性のスタッフや学生たちの至った結論の一つは興味深かった。それは「E教授は結局、本当の意味でモテたという体験がないのだろう」ということだった。E教授は顔立ちこそ端正だったが、若い頃は学業に専念していたということもあり、またいかにも堅物という外見から、女性に敬遠されていたというところがあったらしい。「女性にモテたい」は若い頃のE教授にとっては念願であり、また決してかなわない夢でもあった。だから自然な会話や人間的な魅力で女性の関心を惹くという体験がそもそも持てなかった。彼は父親が町の名士ということもあり、見合いで現在の妻を得たが、最初から奥様に対する情熱は薄く、また非常に気の強い奥様に完全にしりに敷かれるという状態であったのだ。大学の教授職を得て突然女性が自分に注目をしてくれるという機会を得て、彼はいくつかの「技」を編み出すにいたったらしい。